東日本大震災から5年。“あの日”を忘れないために読んでほしい「一篇の詩」


(Photo by chikache)

(Photo by chikache)

あの日、あなたはどこにいましたか。誰を思い、何を考えましたか。
 
未曾有の大災害から5年。あの日を忘れないために読んでほしい一篇の詩がある。


(Photo by  Swamibu)

(Photo by Swamibu)

2011年、3月11日。2万人近くの命が奪われた、あの日。
現実とは思えない津波の映像を前に、言葉を失った、あの日。
 
友達は生きているか。愛する家族は無事なのか。原発はどうなったのか。
何が、起こっているのか。
 
日本に住む、すべての人の死生観を覆した3月11日。
あれから5年。
 
月日は流れ、それぞれが日々の生活に追われ、人々の心の中から震災は遠くなっている。
前に進むことは生きていく上で大切だ。
しかし、立ち止まり、振り返ることなくして、真の復興はありえない。
 
あの日、息子を津波で失った母親の「ことば」から生まれた一篇の詩。
 
「明日戦争がはじまる」という詩がツイッターやFaceBookで1万以上リツイートされたことで話題となった詩人、宮尾節子さんが書いた「きれいに食べている」という詩だ。
 
少しだけ心の速度を落として、ゆっくりと読んでほしい。
 
3月11日に、想いを馳せながら。
 
 
きれいに食べている 詩:宮尾節子

 
宝石をひろうように、きれいな言葉をひとつ見つけました。
 
『毎日新聞のニュースサイト「毎日jp」に4月、東日本大震災で亡くなった息子の弁当を、がれきの中から発見した両親の記事が掲載された。母親は弁当箱が空なのを確認し、「きれいに食べている」と嗚咽したという。』*
 
母親は、子どもが持って帰るお弁当箱を洗うとき、開けてみて中身が
「空っぽ」だったら、うれしい。
 
「あ、ぜんぶ食べてくれてる」という、一つは作り手の嬉しさと。
「全部食べて、栄養になってる」
きょうも元気に育ってくれているという、親ごころの嬉しさの二つで。
からっぽのべんとうばこは、ははおやを幸せにする。
 
がれきのなかから、見つけた弁当箱が、その「空っぽ」が、
いっしゅんその「しあわせ」を母親によびもどしてくれたのだと、おもう。
――ちいさな奇跡が、母親の暗い心に、ひかりをまぜた。
 
「きれいに食べている」
ひとつめで、母親は、うれしくて。
「きれいに食べている」、
ふたつめで、母親は、おえつした。
 
台所で、いつも口に出さずに思っていた、ことば。
「あ、きれいに食べている」
いつも、お弁当箱を開けるだけで出てくる、ことば。
「あ、きれいに食べている」
母親の胸のなかで、くりかえし、あらわれた、ことば。
 
瓦礫の中から、弁当箱といっしょに出てきた、ことば。
「きれいに食べている」
 
責めも、うらみも、悲しみもの、
何にもつかまっていない、
――何もはいっていない、
空っぽの「きれいな弁当箱」が、
まるで、息子の置いていった、きもちのように、見える、
 
――「きれいに食べている」
 
この「きれいな言葉」に、
この「言葉のきれいさ」に、
わたしは、今回の震災で、
 
いちばん、
ないてしまいました。
 
それは、いっしゅん、光りが差すように、
深い悲しみの中に
つかの間、うれしさが、混ざりこんで、くれた、
ありがたさから
だったとおもいます。
 
 

*引用部分
 
宮尾節子詩集『明日戦争がはじまる』 より

 

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宮尾 節子
 
高知県生まれ
 
1993年第10回ラ・メール新人賞を受賞
『くじらの日』 1990年 沖積舎
『かぐや姫の開封』1994年 思潮社
『妖精戦争』 2001年 微風通信
『ドストエフスキーの青空ー宮尾節子詩集』 2005年 文游社/影書房
『恋文病』 2011年 精巧堂
『明日戦争がはじまる』 2014年 思潮社/オンデマンド
『宮尾節子アンソロジー 明日戦争がはじまる』 2014年 集英社インターナショナル

 
 

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