SNS世代のアーティストが顔じゃなくて“身体のポートレート”で訴える「声や言葉では伝えられなかった思い」


「顔で人生が決まる」とか「年齢を重ねると性格が顔に出る」とか、人生を物語るのは「顔」だと言われることが多いかもしれない。けれども、本当にそうなのだろうか。ニューヨークには、顔でなく身体で人生を語らせるアーティストが存在する。

「顔」ではなく、「身体と言葉」のポートレート

Photo by Peter DeVito

『Flawless(完璧な)』

私は子どもの頃、肌が綺麗じゃなくていつも自分に自信が持てなかった。成長するにつれて肌は良くなってきたけど完璧じゃない。完璧な人なんているはずないのに、テレビや雑誌に出てくる人たちはみんなそう見える。でも過去の私と違って今の私は、「完璧じゃない私」を、ユニークだと受け入れられるようになった

 その人物の「顔」よりも、その人物について教えてくれるものがある。それは身体のパーツでいうなら背中かもしれないし、胸かもしれない。あるいはその人物が語った言葉かもしれない。辞書に見立てられ『Dictionary』(辞書)と名付けられたこれらの作品では、「人物のポートレートは、人の顔を写すもの」という概念を覆そうと試みている。

width="100%"

『to love+understand, to be loved+understood(愛する+理解する、愛される+理解される)』

私がこの世界に求めることは「愛する+理解する」こと。自分に価値が感じられないときにはどちらも得られないから、物事は誤解されるのだと思う。でも両方が得られる環境でなら、安全なだけじゃなくて自分を成長させることができる

width="100%"

『Avert Your Gaze(目をそらして)』

私は、私の身体があなたに提供するものよりも価値がある

width="100%"

『Pretty girl(可愛い女の子)』

私は成長していくなかで自分がずっと嫌いだった。自分のことを全く可愛いと思わなかった。それは男の子に愛されたことがなかったからだと思う。私は醜くかった。私がプロムに誘われなかったのは自分が醜かったから。肌は色白じゃないし、鼻は小さくないから醜いってわかってた。でも、私はもう人の基準で自分の美しさを判断しない。そんなことをしても意味がないから

SNS世代のアーティストがアートで伝えたいこと

 先ほどの作品を撮影したのはニューヨークのファッション工科大に通う学生でアーティストのPeter DeVito(ピーター・ディヴィト)。彼はファッションブランドやマガジンをクライアントにフリーランスのフォトグラファー、レタッチャー、イラストレーターとして活動する傍、自身の作品も制作している。

 『Dictionary』のモデルを集める際には、自身のSNSのアカウントにプロジェクトの詳細を投稿し、それに興味を持った人を採用するなど、若い世代が慣れ親しんだアプローチをとっていたという。彼が作品を作る目的は、作品を通して自分の持つ視点を人に届け、見る人に何かを考えさせること。

 したがって作品を表面的に見るのではなく、その作者の伝えたいことや意味を熟考してもらうことを望んでいるのだ。また、声や言葉では伝えられないようなストーリーを表現する手段が彼にとって「アート」なのである。

 そんな彼の作品には、他のアーティストにインスパイアされたものもあり、自分が何かから影響を受けて湧き上がってきたエネルギーを作品で表したり、新しい表現の方法を試したりしているようにも感じられる。次に紹介する彼の作品もそうだ。

オマージュを通した「声明」

width="100%"

width="100%"

 『Wash Away Racism』(人種差別を洗い流せ)と名付けられたピーターの作品は、フランスのグラフィックアーティストのジャン=ポール・グードの、肌をブルーブラック色に塗られたモデルを写した作品へのオマージュだ。

 ジャン=ポールの同作は、現在でも差別を受け続けているアフリカンアメリカンの権利を訴える#BlackLivesMatterでもシンボルとして使われており、ピーターもそれに影響を受けたという。彼のメッセージは、「すべてのマイノリティが平等に扱われるようにするためには、まずアフリカ系の人々の権利を向上させるべき」というもので、作品はそれを表現した声明なのだ。

width="100%"

Model:Selassie Cofie from RED Model Management
Makeup Artist:Charles Zambrano

誰にでも開かれた「アート」という方法

 ピーターによると、アートは人々に社会の問題を深く考えさせるの助けるため、社会にとって必要不可欠だ。つまり、アートは一部の人だけではなく、どんな人にも開かれている。日本には「アートとは高尚なもので、限られた人の趣味」だという考え方が今でも存在するかもしれないが、決してそうではない。

 彼の考え方や作品から学べることは、たとえ作品を見てアーティストが伝えようとすることが完全に理解できなくても、何かを理解しよう、感じ取ろうとする姿勢が大切ということだ。だから、自分の伝えたいことを人に完璧に伝えられる自信がなくても、その思いを表現していいのである。

 言うまでもなく著作権の侵害をしてはいけないが、「もし芸を身につけたければ、人の真似から始めよ」と言われることがあるように、誰かの作品に対する尊敬や影響などをオマージュとして表現することは許されている。そう考えれば、自分で何かを創作してみたいという気持ちにならないだろうか。

***

Peter DeVito

width="100%"

All photos by Peter DeVito
Text by Shiori Kirigaya
ーBe inspired!

 

この記事を読んでいる人はこの記事も読んでいます!
「キズは醜いものじゃない」。なぜ24歳の写真家が「傷跡は人の人生を物語るロードマップだ」と断言するのか。
  人にはさまざまな傷がある。目に見える傷、心の中にある傷。人に見せてきたものもあれば、一度も見せたことがないものもあるだろう。 その1つ1つの傷を見ると、辛い経験を思い...

 
Untitled design-14
この記事が気にいったら
いいね!しよう
Be inspired!の最新情報をお届けします