#004 「レディファーストって古くない?」でも、嬉しくない?“男性が女性を丁寧に扱う文化”を哲学的に考える| “社会の普通”に馴染めない人のための『REINAの哲学の部屋』


 

こんにちは、伶奈です。大学院まで哲学を専攻しちゃったわたしが、読者から日常の悩みや社会への疑問、憤りを募り、ぐるぐる考えたことを書き綴る連載の第4弾。一方通行ではなくみんなで協働的に考えられるようにしたいので、時に頷き、突っ込みながら読んでくださると嬉しいです。

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伶奈ってだれ?▶︎
「当たり前」を疑わない人へ。「哲学」という“自由になる方法”を知った彼女が「答えも勝敗もない対話」が重要だと考える理由。

これまでの連載▶︎
#001 「なんで複数の人と恋人関係になっちゃいけないの?」28歳の彼女が“社会の理不尽な恋愛ルール”に物申す。
#002 「食を楽しむより写真が大事?」お客さんに違和感を抱く26歳の寿司職人と“食の現代病”について考える。
#003 「死ぬのが怖いんです」。ある高校生の普遍的な悩みに、28歳の彼女が出した答えとは。

今回の相談:レディファーストってどう思いますか?

レディファーストって、男女平等ですか?男はこうすべき、女はこうすべきって、古くないですか?レディファーストっていう欧米文化、率直にどう思いますか?

(Frrnさん、19歳)

 

 Frnnさん、こんにちは。ご相談ありがとうございました。お話を受けて考えてみます。

そもそもレディファーストって?

 最初に少し言葉の確認をしますね。レディファースト(Ladies first)の起源は諸説があるようですが、もとの意味はヨーロッパ上流階級での「淑女のマナー」。例えば、女性が先に準備して男性を迎えるとか、女性が先に退出して男性の会話に加わらないとか、女性が先に起きて朝食を作るとか。今思うと、The男尊女卑という差別的な文化です。

 でも、現在レディファーストは当初とは真逆の意図で使われています。時代とともに意味が変わり、欧米から日本に伝わったレディファーストをわたしたちも「女性の優位性」や「優先権」という意味で使っています。つまり、「男性が女性を丁寧に扱う」という「紳士のマナー」です。

 例えば歩道側を歩かせる(ひったくりから守るため)とか、男性が会計する(女性の平均収入のほうが低いから)とか、男性が助手席のドアをあける(女性はハイヒールとドレスを履いているから)、扉を男性が開けて女性を…とか、一般的に女子が目を輝かせ、男性が紳士的〜って褒められるやつ。これは「弱者や女性を優先すべきだ」という思想に基づいています。

 前置きが長くなったけど、一応言葉の確認。今回は「男性が女性を丁寧に扱う」という意味での「レディファースト」について考えます。

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レディファーストは嬉しい

 レディファーストに対し、「そもそもの起源が女性蔑視だからダメ」とか「女性が何も出来ないから男性がしてあげるという風潮が女性を見下す女性差別だ」と批判することができると思う。逆に「女性の優先権を認めるのは男性差別だ」と反論する人もいるでしょう。欧米ではこのような理由から、時代に合わないレディファーストが見直されているという話も聞きます。

 どれもわかる気がするんだけど、喉に何かがへばりついて飲み込めない。「素直にどう思いますか?」という問いかけなので、わたしの意見を書きます。

 わたしは、レディファーストされたら嬉しいし、好きな人が奢ってくれたらふつーに喜ぶ。けど、この喜びは「女性は奢られるべきだ」という信念や「相手が男性だから」という理由に基づくものではありません。

 いや、むしろもっと浅はかで、その相手に優しくされたらうれぴー! ジェントルマンってステキー!程度のものかもしれない。だって、レディファースト、誰も損してないじゃん、とか思っている。やばい、フェミニズムの波に乗り遅れている。なんとかイズムにとらわれずにもう少し考えてみます。

 「男性はこうすべき」「女性はこうすべき」という性別を根拠にした規範を、社会や他者が押し付けるのは間違っていると思います。

 間違っていると思う理由は、そうできない(したくない)人の自由を奪うから。そして、「女ー男」社会の終焉を迎えるべきこのご時世で「性別」を主張の根拠に持ち出すのは愚かだから。というか、「男だったら荷物を持てよ」とか「女だから払わなくていいよ」は、差別というか、根拠不十分なハラスメントって感じ。

 女性の解放を求めて戦った20世紀フランスの哲学者ボーヴォワールの言葉を紹介します。女性を優先し、責任を解放することで、結局相手の自由を奪うことになっているという指摘。

どうでもいいときには男が女を立てて一等席を譲るべきなのはお決まりのこと。原始社会のように女に重い荷物を背負わせる代わりに、つらい仕事や心配事の一切を急いで女から取り除く。それは同時に、女を一切の責任から解放することである。こうして女は自分の立場の安易さにだまされ、心をそそられて、男が女を閉じ込めたがっている母や主婦の役割を受けいれるよう期待されるのだ。

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花を贈ってほしいという願望が間違っているわけじゃない

 で、いままでの話を踏まえて、わたしは「この人にはこうあってほしいなあ」という願望を、相手に要求することはよいと思います。花を贈ってほしいとか、強い男でいてほしいとか。

 最近彼女と別れたKくんという友達がいます。彼はデートのたびに彼女に花束を贈っていたらしい。雨の日も風の日も。きっと喧嘩の後は真っ赤なバラの花束を持って土下座したんだろうな。頑張ったKくん、しまいには「花束の回数をもう少し増やしてほしい」とお願いされる。

 もう2人で花屋になれよ、と心でツッコミながら考えた。

 「男性は女性に花を贈るべきだ」という規範に縛られるのは窮屈。でも、花を贈ってほしい女性と、花を贈りたい男性が合意の下でやってるならええやん。Kくんが単に「彼女にモテたい」という理由でやっていたとしても別にいい。お互いの自由が担保されているから。

 だから、レディファーストみたいな文化それ自体が間違っている、というわけではなくて、問題は、合意がないのに相手を強要して自由を奪うときや「やりたいからやっていること」が「やらなければいけないこと」に転化してどちらかが苦しみ始めるとき(「怒られるから花束買わなきゃ」とか)だと思います。

 で、これがすぐに起こってしまうのだ。だから、すべての人に自由を!という意味でわたしも人間を性の役割から解放したいフェミニストなのだと思う。

考えれば考えるほど、問題がいっぱいになる

 でも、きっとこういう批判がくる。「花を贈ってほしい願望や贈りたい意志も社会的につくられたものだ」とか「個人の願望が束になったものが社会的規範になってしまっている」とか。たしかになあと思う。これには今のところ、「そうかもしれないけれど実際そう思ってしまっている私はいまここに存在してしまっている」という、やばい国会答弁みたいな応答しかできないから、「自由意志とは何か?」というこれまた壮大な哲学の議論をしないといけなくなっちゃう。

 加えて難しいのは、文化というものはそれなりの理由をもって形成、変容されてきたということ。いくら社会に抗っても、一般的に気が効く男性がモテるわけだし、好きな人に気を使われたら嬉しいわけだし、『憧れのあの子をゲットする10の方法〜あなたも明日からジェントルマン〜』みたいな本が売れる。バカだなあと嘲笑うのは簡単だけど、文化というものが、人々が生き抜くための知恵としてプラグマティック(実用的)、合理的に形成されてきたという側面を無視するわけにいかないとも思うのです。

 そして、男女平等といっても、社会的な機会は平等であるべき(「女だから要求しちゃだめ」は論外)だけど、機能的な区別(重たいものを持ってもらうとか)は前提としてもいいのでは?とか思うし、「平等とはなにか?」をちゃんと考えなきゃいけない。うーむ、なかなか一筋縄にはいかないなと思います。

 続きは一緒に考えてくれたら嬉しいです。意見や批判、感想をお待ちしています。Twitterハッシュタグ「#REINAの哲学の部屋」で。

1月の連載のテーマ募集します!


 

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田代 伶奈

ベルリン生まれ東京育ち。上智大学哲学研究科博士前期課程修了。「社会に生きる哲学」を目指し、研究の傍ら「哲学対話」の実践に関わるように。12月から自由大学で「未来を創るための哲学」を開講。Be inspired!ライター。
Twitter: https://twitter.com/reina_tashiro

 
All photos by @hello.itsnoemi
Text by Reina Tashiro
ーBe inspired!

 

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