「義足は僕の武器」片足を失っても踊り続けるリオ・パラリンピックのダンサー


会場の照明が落とされると、ダンサーは「ゴロンゴロン」と床を転がりながらステージの中央に登場した。スポットライトの下に現れたのは、大前光市さん。今年の夏に行われたリオ・パラリンピックの閉会式で世界中の人々を魅了したバレエダンサーだ。彼には左脚がない。23歳の時に、飲酒運転の車に轢かれ、奪われてしまった。

(Photo by Mathias Adam)

光を浴びながら飛び回る一羽の華麗な黒鳥。これまで誰も踊ったことのない演技を目の前にして、その場にいる観客全員が息を呑んだ。一度苦悩の淵に立ったにも関わらず、力強い再出発をした彼を奮い立たせた物とは一体何だったのだろうか。今回、Be inspired!では大前さんにお話を伺った。

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まるで、人の海に溺れているような感覚

 バレエダンサーの大前光市さんが一躍脚光を浴びたのは、リオ・パラリンピックの閉会式だった。10万人の観客の前でソロダンサーを務めた彼は、当時の感想をこのように語る。

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(Photo by Megumi Sato)


 

“小池都知事に見送られながら、僕は緊張気味で舞台に進みました。普段のステージとは違い、屋外だし観客の顔が見えないんです。たくさんの声に包まれて、まるで人の海の中で小さなボートを漕いでいるような感覚。でも、踊り終わった後は気持ちよかった……。波に飲まれず、向こう岸まで辿り着いたような達成感に浸っていました”

 17歳の頃からバレエの道に入った大前さんは、プロのダンサーとしてスタートを切ったばかりの23歳の時に交通事故で左脚を失った。飲酒運転の車に撥ねられ、左膝下を切断する大怪我を負ってしまったのだ。掴み取る一歩手前で奪われてしまった夢。しかし、彼が踊りの道を諦めることはなかった。

 左脚がないなら、片脚で踊ればいい。大前さんは自身の方向転換を“山”に例えて語る。
 

“これまで必死に登っていた山から転げ落ちた。だから、自分に相応しい違う山を登ることにしたんです”

 ヨガや武道、新体操など幅広いジャンルの技術を習得し、義足で踊り続けるための新たな“山登り”が始まった。

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義足だからこそできる自分だけの踊り

 大前さんは表現に合わせて義足を使い分ける。右足よりも短い義足、長い義足など、敢えてアンバランスさを出すことによって唯一無二の表現が可能となるのだ。リオ・パラリンピックでは短い義足を使用して踊った。これは「いちばん自分らしい」義足であるという。

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(Photo by Megumi Satou)


 

“以前、短い義足をそのまま見せて踊ったところ、素敵だと言ってくれる人がいました。左脚がないことをそのまま見せるこの義足を使うことで、僕らしいダンスを踊り、魅力を最大に発揮できると思っています。これは、他のダンサーとも対等に渡り合える武器です”

 現在は、自分の「武器」として義足を使いこなす大前さんだが、事故後数年間は義足による靴擦れのような痛みと闘っていた。歩くたびにつねられるような感覚があり、義足が体に馴染むまで耐え続けなくてはいけない。しかし、バレエをやめようと思ったことは一度もなかったという。どんな形であれ、バレエの基礎をもって色々な動きにチャレンジすれば、一つの表現として完成すると信じて進んだのである。

10年間の新聞配達が培った自信

 人一倍負けず嫌い。苦しいことほど楽しんでいる。大前さんはこのような特徴を自身の「強み」として捉えている。

“リオに行く時、乗り換えの空港で義足が壊れてしまったんです。日本語も通じない、Wi-Fiも繋がらない。そんなピンチの状況を、心のどこかで楽しんでいる自分がいました。最初はケンケンをして歩いていたのですが、そのうち疲れてきて……最終的にはキャリーケースを片手に膝で歩いて搭乗口に辿りつきました。なんとかギリギリセーフで飛行機の出発には間に合いましたよ(笑)”

 苦境すら楽しんで乗り超えるには、心の余裕がなくてはならない。大前さんの心の余裕の基盤となっているのは、意外な経験だった。
 

“新聞配達を10年やっていたんです。新聞配達自体は単純作業なので、みんな3ヶ月くらいは続けられます。でも、4ヶ月には100人中10人くらいしか続けられないんです。この経験は、僕の大きな自信となりました。新聞配達に限らず、何事も続けていくことが全てです。もちろん、事故の後の苦難を乗り越えた経験も確かな自信となっています。オーディションに全部落ちた時、やはり自分は通用しないのか……と愕然としました。しかし、僕がどんなに下に転げ落ちても見ていてくれる人がいました。数年前からファンの数も増えてきて、僕の踊りを見たいと言ってくれる声がエネルギーになります。味方がいるのは自信の源です。自信があれば緊張はしません。自分のことを負けない状態にしてくれます”

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シャンパンタワーのてっぺんになれ

 障害や事故、病気など理不尽な災難が降りかかり、自己を肯定することが難しくなってしまった人は大勢いる。自己否定の末、自ら命を絶つことを選んでしまう人もいる。そんな人々に、何か伝えられることがあるとすれば?そう尋ねると、大前さんは自身の経験と照らし合わせながら語ってくれた。

 “自分には、自分にしか登れない山があります。だから人とは比べないこと。他の人は他の山を登っているだけです。それから、シャンパンタワーに例えるならば、自分がてっぺんになることが大切です。自分のグラスをいつも満たしていないと、人からエネルギーを奪ってしまうことになります。ワクワクすることに挑戦したり、家族と一緒にいたりすることで自分が元気になると、他の人のグラスにもシャンパンを注げるようになりますから。自分に余裕があると、人にも元気を分けてあげられるんです。すると、自然と慕ってくれる人が増えてきます”

 温泉に行ったり、一人旅もしたけれど、やはり踊りに関係することをやっている時がいちばん楽しい!と笑顔で語る大前さんは、自分の山の頂上を目指して歩み続けている。

“可能性を広げる”イメージキャラクターに

 今年10月、総合ダンス用品メーカーであるチャコット株式会社の製品「Chacott×Tripure」のイメージキャラクターとして、大前さんが起用されることとなった。イメージキャラクター発表会では大前さんの人気の演目「Swan」が疲労され、さらにリオで話題をさらった連続ばく転も見せてくれた。「可能性を広げる」という製品コンセプトは、まさに大前さんのイメージとぴったり重なる。

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 トークセッションでは、会場にいた小さなバレリーナたちに向けてこんなメッセージが送られた。
 

“どんな形であれ、うまくなるから信じて。1つの方法がダメでも、他の方法がある。道は違くても、必ず目的地には辿り着く。貪欲に吸収して、それを広げていけばいいんだ”

 脚がないことは「欠損」ではない。欠けている部分も、自分の「美しさ」や「強み」になる。義足を武器にした大前さんのダンスは、他の誰も登頂することができない美しい山だった。

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Text by Megumi Satou
All photos by Mathias Adam
ーBe inspired!

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