“ナチスの根幹に関わった103歳の女性”の記憶を追うドキュメンタリー『ゲッベルスと私』の監督インタビュー

Text: Noemi Minami

Photography: Chihiro Lia Ottsu unless otherwise stated.

2018.6.11

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日本の歴史の授業でも必ず学ぶ20世紀最大の悲劇の一つ、ホロコースト。 第二次世界大戦下のアドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツによるこのユダヤ人大虐殺を正当化することなど到底不可能であろう。

神保町・岩波ホールで6月16日から上映される『ゲッベルスと私』はナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッべルスの秘書として1942年から1945年の間に働いていた女性ブルンヒルデ・ポムゼルが当時の記憶を語る貴重なドキュメンタリー映画である。

今回、同作の公開に向けて来日していたクリスティアン・クレーネス監督とフロリアン・ヴァイゲンザマー監督への単独インタビューが実現。なぜ彼らはナチスが敗退し70年以上経った今、彼女のストーリーを世界に届けたかったのか。

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クリスティアン・クレーネス監督とフロリアン・ヴァイゲンザマー監督

悲痛な歴史を背負う103歳の女性の美しき肖像

『ゲッベルスと私』の製作を行ったのはオーストリア、ウィーンを拠点とする「ブラックボックス・フィルム&メディアプロダクション」。同社は現代社会におけるあらゆる問題を高いアート性を持って映像化しているドキュメンタリープロダクションである。

『ゲッべルスと私』は極端にミニマリスティックな映画といえるだろう。全編モノクロ、BGMは存在しない。これには色や音などの要素を可能な限り映像から削ぎ落とし、語り手であるポムゼルと一対一で対話しているような空間を演出する狙いがあったそうだ。作中に挿入される第二次世界大戦やナチスに関するアーカイヴ映像へと意識をスムーズに移行させる効果もある。

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© 2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

ポムゼルはまだ子どもだった第一次世界大戦の終わりの頃の記憶から、政治には興味がないものの新リーダー・ヒトラーの勝利を祝った青春時代、友人よりも高収入で気分の良かったゲッベルスの秘書時代、ユダヤ人の親友エヴァについて、そして第二次世界大戦終戦までの記憶を淡々と語る。

混乱と悲痛の記憶の合間合間に、狂気の歴史として人々に知られているナチス政権下の当時のドイツについて、時に大切な思い出かのように話す彼女の言葉はあまりにも正直で、詩的ですらある。だがもちろんポムゼルの上司がナチスのなかでも多大な影響力を持ったゲッベルスだったということを忘れてはいけない。メディアや娯楽を巧みに使い、“ドイツ国民”の反ユダヤ思想を煽った張本人である。

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写真中央に座っているのがヨーゼフ・ゲッべルス
© 2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

しかし、ポムゼルのこの正直さこそ、監督たちが彼女へのインタビューを希望した理由でもあった。「彼女は間違いを犯したことは認めているが、罪悪感はない。とても正直で、それは素晴らしいことです。無論、それでも彼女の行いは間違っていたことに変わりはありませんが」と話すのは同作のプロデューサーでもあるクレーネス監督。

過去にポムゼルはナチスの秘書時代についての取材をメディアから受け、意図した言葉とは異なるように発信されたこともあり、はじめは今作への出演も乗り気ではなかったそうだ。それでも最終的に出演する決断を下した彼女の動機はなんだったのかと聞くと、この映画は決してストーリーを脚色しないと、彼女に信じてもらえたのが大きかったという。

「僕たちはポムゼルを信じていました。彼女が話してくれたストーリーが彼女にとって真実のストーリーだと僕たちは心から信じているのです。歴史的な真実ではないかもしれない。人間は都合のいいことだけ覚えているものですから。彼女はそうすることでしか過去を抱えて生きていけなかったのかもしれないから」と、脚本執筆とインタビューを行ったヴァイゲンザマー監督は思い返す。ポムゼルは2017年1月27日、『ゲッベルスと私』のイタリア公開初日であり、国際ホロコースト記念日に106歳でその生涯を閉じた。

「無関心」という罪

ユダヤ人大虐殺を考えれば、映画のポスターに記される彼女の「なにも知らなかった 私に罪はない」というキャッチコピーに衝撃を受ける人も少なくないだろう。しかし、同作では彼女の言葉を通してヒトラー政権下の“善良なドイツ市民”の姿が浮き彫りになる。

自分がやっていることはエゴイズムなのか これは悪いことなのか 自分に与えられた場で働き良かれと思ったことをする みんなのためにね でも他人に害なのは分かってる それでもやってしまう 人間はその時点では深く考えない 無関心で目先のことしか考えないものよ。

作中の彼女の言葉だ。自ら手を下すことはなかったにしても、加担していたユダヤ人大虐殺について、彼女が主張する通り知らなかったのか、それとも本当は知っていのか。真実は観客にはわからないが、少なくとも自身の行動を正当化する「意識的にすらみえる無関心」の思考回路は垣間見られる。
 
「ポムゼルは僕たち全員のなかにいるってことを気づかなければならない」とヴァイゲンザマー監督は言う。この映画の目的は彼女を批判することではなく、「もし自分が彼女と同じ立場になったとき、自分なら何をしていたのかを考えてもらうこと」なのである。

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私は自分の人生でずいぶん失敗してきたけれど 当時は何も考えてなかった 私は常に義務を果たそうとしていたの 仕事では人から信頼されていたわ 仕事が正確だったの 何かの場に置かれたらそこでの義務を果たした。

職場で目の前の上司のために、家族や友人のために、自分とまわりの人が幸せならそれ以上のことには疑問を持たない。この思考回路は現代を生きる私たちにも通ずるものがあるのではないだろうか。自分の利益、あるいは自分のまわりの人の幸せのために犠牲になっている人がいても自身の特権を失うまいと目を背けることーー 私たちがファストファッションブランドで安い服を買えるのは、妥当な賃金を得ることもできず過酷な労働条件で搾取されている人たちがいるからだというメカニズムも、一つの例として挙げられるかもしれない。

ポムゼルの言葉を通して、ナチスの一員として働いていた彼女は決してサディスティックな人種差別者だったわけではないことがわかる。生真面目でただただ自分の人生をまっとうに、けれど損をせず生きようとした一人の女性が、時代の大きな流れに身を任せた結果、歴史上最も凶悪といっても過言ではない事件の加害者となった。

「でも僕たちに何ができるっていうのでしょうか。自分の倫理基準を毎日確認することしかできない。正しい方向に進んでいるのか、自問自答することしかできない」と話すヴァイゲンザマー監督。クレーネス監督は「一番大切なことは、立ち上がれるときに立ち上がること。その瞬間を逃してしまったら、もう後戻りはできないかもしれないから」と、歴史を振り返りながら呟いた。

「悪は最初から悪としては認識されていない」ー右傾化する世界

「面白いことにこの映画を作り始めた2012年は、状況が違いました。2016年に映画を作り終える頃には難民問題が比べ物にならないくらい悪化していた。ヨーロッパは変わっていた。急に、この映画がタイムリーなことに気づいたんです」と、過去数年間のヨーロッパの劇的な変化をクレーネス監督は指摘する。

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ヨーロッパで相次ぐポピュリストリーダーの台頭。ナチスはユダヤ人がすべてを奪うという幻想を国民に抱かせたが、現代は同じような思考回路が難民に向けられていると監督たちは危惧している。人々は恐怖心を抱き、ポピュリストリーダーはこの恐怖心を使って勢力を伸ばしていくというメカニズムにナチスと類似性があることは否定し難い。そして世界を見れば、その傾向はヨーロッパにとどまらない。トランプ政権下のアメリカはいうまでもないが、日本も例外ではない。

クレーネス監督は「彼女はプレミアで映画を観たときに、多くの人が、特に若い人がこの映画を観て、彼女の経験から何かを学んで欲しいと言いました」とポムゼルの言葉を思い起こす。もしかしたら、彼女が出演を決めたのは、監督たちがこの映画の製作を決意した理由と重なるのかもしれない。それは、「右傾化する世界への警報」だった。

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「無関心」とは実は、非常に能動的な社会への参加なのではないだろうか。社会の一員である以上、自分の行動は何らかの形で必ず他者に影響を及ぼす。そしてその自分の影響力に関心を持たないという行動が社会に及ぼす力は、思っているよりもずっと大きいのではないだろうか。

「物事を常に批判的に見る目」を養うこと。そして社会の大きな流れが倫理的基準でみたときに間違った方向へ進んでいると判断したのなら、まだ可能な間に正しい行動をとろうと努めること。それが、何もしていなくとも他人に影響を与える一人の人間としての責任なのではないか。『ゲッベルスと私』を観て考えさせられた。

予告編

※動画が見られない方はこちら

『ゲッベルスと私』

6月16日(土)より岩波ホール他全国劇場ロードショー

監督: クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファー

オーストリア映画/2016/113分/ドイツ語/16:9/モノクロ/原題: A GERMAN LIFE

日本語字幕: 吉川美奈子

配給: サニーフィルム

協力: オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム/書籍版: 『ゲッベルスと私』紀伊国屋書店出版部

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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