ファッション業界から農業へ。“東京生まれ、無農薬育ちの野菜”で「ファストファッション化した日本の農業」に革新を起こす男。


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「おれの農業はファッションだ」。そう言い放ちオーガニック率0.2%の日本の農業界にイノベーションを起こそうとしている男が存在する。彼の名は太田 太(おおた ふとし)氏。

彼は1985年に東京コレクションを立ち上げた父親、太田伸之氏のもとに生まれ、物心がついた頃にはファッションショーの舞台裏が遊び場で、世界で活躍する日本人デザイナー・三宅一生氏や山本耀司氏、川久保玲氏らと父親が仕事をする様や、パタンナーの祖父の仕事を見ながら育ったという“筋金入り”のファッション家系出身。しかし、今彼が立っているのは、ファッション畑ではなく、東京都青梅市の「本物の畑」だ。2014年秋から農業をスタートし、今では2.5ヘクタールもの畑を耕作している。

そして2015年4月には、“東京生まれ、無農薬育ちの野菜”を栽培する会社「ティーワイファーム(以下、T. Y. FARM)」を立ち上げ、今年4月7日に自社農園から直送のFarm to Table(農場から食卓まで)型レストラン「ノズ(以下、NOZ)」を天王洲アイルにオープンした。しかも、彼らのユニフォームの一部であるサロンは日本を代表する超有名ブランドの別注製というからには驚きだ。

ファッション業界から農業界へ。畑を大きく横断した太田氏に、今回Be inspired!は、日本の農業の現状や、T.Y.FARMが東京の農業に与える影響を伺った。

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農業にファッション業界の視点を重ねる。

 まず、太田氏は日本の農業は農薬や科学肥料に頼るあまり、本来の野菜の旬や、適正な流通量を無視しているのではないかと指摘し、ファッション業界の課題と重ねてこう語る。

有機農業をやってると害虫が多いのでは?とよく聞かれる。でも実は、化学肥料を使用せずに、畜糞を撒いていない有機栽培の健康な土であれば、土中微生物も多く野菜も健康的に育つため、虫は寄ってきにくい。実際各スタッフはそういう畑で研修を積んできた。しかし、化学肥料や過度な畜糞などの余分なものを土に足しすぎると、土自体が育てる力を失う為、作物が不健康に育つので、それを虫が食べようとする。科学の力で、早く多くの作物を育てようとし、湧いた虫による虫害を避けるために、人間は農薬を撒き、土中の微生物ごと殺してしまう。
そして大量の収穫物の相当量を破棄する。そんな悪循環が日本の農業では起こっている。そのためにどうしても薄利多売のビジネスになる。
この仕組みは、流行を意識した洋服を必要以上に早いスピードで大量生産し、短期間で大量消費するファストファッションのビジネスモデルと似ているところがある。確かに“欲しいものがすぐに手に入る”ことは便利だけど、「本当にそれでいいんだっけ?」ということは、消費者はもっと考えるべき時代ではないかと思う

 ファッション業界と農業界が抱える課題は似ている。両方の業界を経験した彼が言うからには間違いない。

農業は空手みたいなもの。流派が乱立し、ルールも寸止め、ライトコンタクト、極真、顔面アリなどいろいろあるけど”我こそがNo.1で他は嘘”という。どの思想も本当っぽいし、嘘くさい。どれも否定しているわけではない。農業も思想と思想のぶつかり合いだから、違う流派同士やり方に賛否両論があって当たり前。自分達は自分たちがよいと思っているやり方で取り組む。これから若い人が農業を始める意味は思想がかっこいいかどうかが大事だと思う。うちは農薬を使わなくてはいけなくなったら、「農業をやめる」って決めている

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T.Y.FARM最年少メンバーでオペレーションマネージャーの野中氏

 有機農業には思想が込められており、それぞれやり方は違うが、T.Y.FARMは「農薬は絶対に使わない」だけではなく、農薬耐性がある「遺伝子組み換え種は使用しない」し、「一世代交配の種は卸先からのオファーや明確な理由が無ければ撒かない」。有機堆肥も三重県で1年かけて習得し、自分たちで作っているので「化学肥料も一切使わない」と決めているという。「クサイ畑=良い畑は間違っていると考えている」。土も野菜も環境も人間の健康も。全てがケミカルフリーで、安全な農業がT.Y.FARMの考える“かっこいい思想”なのだ。

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廃棄される野菜の残渣、卵の殻、籾殻などを混ぜて作られる手作りの堆肥

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元画家でメッセンジャー。T.Y.FARM青梅農場の農場長、松尾氏

認証なんて気にしない。「自社のロゴ」が“オーガニックの証”

 また、日本のオーガニックフードの市場やオーガニック認証制度に対しても彼は疑問と問題意識を持っている。

 日本のスーパーマーケットに並ぶ野菜は、味に癖がなくて、形が均一で、大きい作物。そんな日本の需要に左右されて、農家は農薬&化学肥料をたっぷり使って、本来の美味しさが失われた野菜を出荷する。

 戦後、ファストファッション的な農業が根付いてしまった日本と相反するのが、オーガニックが当たり前になっているカリフォルニアだと太田氏は述べる。

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 実は「有機」や「オーガニック」などの名称を表示して商品を販売するためには、アメリカでは農務省が発行する「USDA有機認証」、日本では農林水産相が発行する「有機JASマーク」が必要となる。しかも、両者とも取得するためにはお金をしかるべき機関に支払い続けなければならない。それは有機農家を圧迫するものでしかない上に、そのマークがついているからと言って『無農薬・無化学肥料』の証拠ではない。 (推奨される化学製品の使用は認められている。)

 そんなシステムに疑問を持っていた太田氏は、T.Y.FARMの立ち上げにあたり、オーガニック野菜や地産地消のカルチャーがきちんと根付いているカリフォルニアへ視察に行った際に訪れた全米トップクラスの有機農場のオーナーの言葉に感銘を受けたという。

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女性に大人気、栄養満点の「カーリーケール」

 彼が「あなたのファームはUSDA有機認証を取得してるの?」と聞くと「そんなの気にしないよ。あんなものは政府が発行するただのスタンプで、おれの存在がオーガニックの証なんだよ!(Fuck it. It’s just a fucking government stamp. I am the stamp!)」と自信満々の笑顔で返答したという。

 さらに街の中心部にあるグロサリーやカフェで「この野菜はオーガニックですか?」と彼が尋ねると、店舗のスタッフは愚問に返答するような口調で「オーガニックに決まってるじゃん(WHY NOT?)」と言った。「その質問自体が不思議だよ。身体にいいものを摂るという事は当たり前の事」、こういう思想のスタッフがいたる店に存在していたという。

 この一連の流れを経験した太田氏は、T.Y.FARMも「種のロゴマーク」が“オーガニックの証”だと周囲に認知され、認証に左右されないものにしようと決心したそうだ。

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T.Y.FARMのロゴマーク

NY生まれ、池袋育ち。

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 父親の仕事の都合で3歳までニューヨークで暮らし、その後東京に移り住み、中高生の多感な時期は池袋で過ごした。21歳の時に再びニューヨークへ渡り、6年間生活していた太田氏。「日本にもニューヨークみたいな都市があればなぁとずっと思っていた」とインタビュー中にこぼした彼は、在米生活経験を通して気付いたというアメリカと日本の「食生活の違い」や「消費者の食に対しての意識の差」、そして「日本の農業の現状と目指すべき未来」について説明してくれた。

ニューヨークには、オーガニックの食材が溢れ、食材の選択肢も豊富にある。もともと“良い食材”に興味があり、普通の食材と何が違うのか疑問に思っていた。また、ニューヨークは無理せず食材の物流をしている。東京もそうだが、マンハッタン(都心部)から1時間くらい車で離れれば海、山、畑があって大自然が広がっている。ニューヨークはその自然をしっかり活用していて、意識の高い人の生活は、食生活はもちろん通常の生活姿勢にまで及び、それは彼らの日常の仕事にも大きく影響している

 ここで彼が意味する“良い”とは、キャビアやフォアグラなどの希少価値があり高級品とされている食材ではなく、抗生物質不使用の豚肉や、有機農園で育った野菜などの健康や環境に“良い食材”のことだ。事実、ニューヨークでは郊外のみならず、都心部のビルの屋上に農園を作り、オーガニック野菜を栽培・収穫し都心部のスーパーマーケットやファーマーズマーケットで販売している。全米展開してもその地域のオーガニック野菜のみの販売を可能にしているスーパーマーケットWhole Foods Marketがいい例だろう。

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パクチーが苦手な人も食べやすい甘みが強い「赤いパクチー」

今の日本の消費者は農家のことをリスペクトしていない。日本人はモノの価格(安さ)しか見ていない。なんでそんなに安いのか? 高いのか?これは何故美味しいのか?不味いのか?その事実背景を考えたり、疑ったり、興味を持つことを日本人は止めてしまっている。ここにもファッション業界と同じ問題点を抱えていると感じる

 日本のオーガニック食材の割合はたったの0.2%。そして都市の郊外や空き地の有効活用をせず(文化的背景もあるそうだが)、しかも消費者は食に対して興味を持たず、あらゆる事に対して思考停止しているんじゃないだろうか。太田氏はそんな日本の農業の現状に対する不信感があり、「日本にもニューヨークみたいな都市があればなぁ」という言葉が溢れ出てきたんだろう。そして、彼は東京をニューヨークのような都市へと変えるために農業へ飛び込んだのだ。

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父親、寺田倉庫、そして娘。

 ニューヨークから南米や中東への放浪旅を経て帰国後、日本のファッション業界で働き、アジアに日本のアパレルブランドを売り込む営業やPR、Eコマースなどキャリアを積んだ太田氏。ノウハウゼロの農業の道を進むにあたって、彼に影響を与えた人物が3人存在する。

 1人目は、太田氏にパイオニア精神とビジネスマインドを与えた父親、太田伸之氏。40年程前、未だ海外展開していなかった日本の若いクリエイションを初めてアメリカの百貨店に売り込み、ビジネスとして成立させ、山本耀司、川久保玲、三宅一生など日本を代表する錚々たるファッションデザイナー達と一緒に東京コレクション(現在の東京ファッションウィーク)を始めた男。日本のファッション業界を切り開いた張本人である。

 太田氏は「家系的に、何かに情熱をもって活動している人を応援することで、自分が生きるタイプ」だと、父親譲りの性格や使命をそう説明する。そして今「農業をやりたい人」や「養蜂をやりたい人」、「料理をやりたい人」など、様々な情熱を持った人々を集めて有機的にリンクさせ、T.Y.FARMというサステイナブルなビジネスを生み出したのだ。『ファッション=アパレルのみの定義に限った事ではない』とは父親の教えの基礎でもある。

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 そして2人目は、太田氏がファッション業界で働いていた頃に出会った“T.Y.FARMの生みの親”でもある「寺田倉庫」の社長・中野 善壽氏だ。中野氏は若者が新しい事や、面白い事、不可能と考えられている事へのチャレンジする事を強く推奨する。

 現に寺田倉庫は1997年、当時倉庫街・オフィス街でしか無かった“天王洲アイル”にビールの醸造所とレストラン、T.Y.HARBOR BREWERY RESTAURANT を建てたのを皮切りに、T.Y.EXPRESS (現在のTYSONS & COMPANY)として分社化し、その後は同社があのCICADA(広尾から表参道へ移転)や、代官山T-SITEにあるIVY PLACEなどを次々展開していき、飲食業への参入に成功している。

 そして中野氏は再び、別分野から異分野にイノベーションを起こすべく、ファッションの仕事でアジアを飛び回っていた太田氏に、寺田倉庫の「いくつかの新しいプロジェクト」の一つとして「農業のプロジェクト」をオファーしたのだ。太田氏はそれを「面白そう!」と捉え即決。当時、ファッション業界での仕事も並行して請け負っていたが、この事業に集中するため、それらを全て周囲の人に引き継いで退いた。

 最後の3人目は、農業プロジェクトを始める時に誕生した愛娘。親になる事で、子どもに何をどうやって食べさせていくべきなのか、その根幹から考える事になった。全て無農薬の野菜だけを使用した離乳食からきちんと食事をさせている。父親になる事で、それまで以上に食べる事を重要視するようになったきっかけである娘のことを「(農業の世界へ飛び込むのに)最後に背中と押してくれた存在」だと太田氏はいう。

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東京をアジア初の「FARM TO TABLE都市」へ。

 T.Y.FARMは始まってから、今年の4月で3年目になる。その期間、150種類ほどの野菜を試作し、微生物が生きる有機堆肥を作り、養蜂の着手にも成功。そして直営店のレストランをオープンするまで及んだ。スピード感がありながらも、彼らの思想に忠実に駆け抜けた2年間。当初は地元農家や地主さん、行政関係者に「なんでファッション屋・倉庫屋が農業をやりにくるんだ!」と言われることもあったが、農家だけでは課題の多い今の農業の現状を打破できるとは考えていなかったため気にしていなかったという。

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今の時期は桜の花粉を集めてくるという青梅農場の蜂たち

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1世紀続く養蜂家系で育ったT.Y.FARM青梅農場の養蜂担当、藤原氏

異業種の人がこないとその業界にはイノベーションは起きない。イノベーションが起きない業界には未来はない。新しいことをやる人間は、それなりに変な目で見られるのは普通で、ファッション業界も農業界も同じ

 業界問わず異業種の人材がクロスオーバーするとシナジー効果が現れ、その業界にイノベーションを生むと確信している彼からしたら、ファッション業界から農業界へ飛び込んだことは必然だったのかもしれない。現にT.Y.FARMのメンバーの前職は画家、メッセンジャー、製薬会社、ファッション業界などで、もともと農業をやっていた人は一人もいない。農家に生まれ育った人もここまでは一人もいない。

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 今後は、東京をニューヨークやカリフォルニアのような新鮮なオーガニックの食材がいつでも食べられるような都市へ変えるために、農地の拡大をしたいと太田氏は語る。

東京がアジア初となる地産地消の “Farm To Tableが可能な都市”になったら素敵だと思う。その為に、自分達が出来る事を少しずつ積み上げ、やがて10ヘクタールの有機農地を耕作し、朝収穫された野菜をお昼に店舗で食べることができる様に出来たら、一石を投じる事が出来るんじゃないか

 この理想を叶えるためには、「自分たちの努力だけではどうしようもないのは十分わかっている。従って、きちんと協力し合えるコミュニティ形成が必要だ」と語る太田氏は、近隣住民や、近隣農家の理解と支援だけでなく、有機農業や自然栽培、きちんとした食事そのものに興味を持つ若者や若い農家を増やすために、ファッションやアートと農業、飲食のコラボレーションも考えているという。

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 「日本の若い世代が土や農業、何を食べているかなどにもっと興味を持つ社会にしないといけない。一番危険と感じるのは、消費者の思考回路が停止している事」と太田氏が危機感を感じているように、ファストフードやコンビニ食品の実情や、ファストファッション化した日本の農業の現状を知っている人々が、もっと日本の若者へ向けて「食の真実」や「オーガニックのメリット」を伝えていくべきではないか。

「新たな挑戦」と「新たな発信」の場が東京にオープン。

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Photo by T.Y.FARM

そう考えながら、寺田倉庫が様々な事業を通して開発をしてきた天王洲アイルという地域にお店を出そうという事になった。近隣はオフィス街だが、ランチ時を見ているとコンビニ食やファストフードばかりに列が出来ており、あまり気持ちの良い光景ではない。多すぎるコンビニも利便性の象徴だが、きちんとした食事をとるという事に関してもっと旺盛になっても良いと思った。

在米生活中にむこうの諺で 『You are what you eat (貴方自身は貴方が食べているもの、そのもの)』という言葉に感銘を受けた。だから、自分たちが如何に健康に特化したメニューを提供しているのか、理解して食べてもらいたいと思う。食べる事によって、きちんとした有機農業・養蜂・料理の良さを少しでもわかって貰えたらと思い、共感してくれた西田シェフと組んだ。店内では少しだが、農作物と、青梅や天王洲の屋上で採った非加熱の蜂蜜も販売している。

食の本場イタリアのミシュラン星付き店を渡り歩いて修行と実績を積んだ彼は良い食材を知り尽くしているし、有機農業への理解がある。僕自身が彼の一番のファンでもあるが、そんな彼と農場のスタッフが作物の品質・規格に関して真剣に議論し、シンプルで本当に美味しいものを創っている。シェフとファーマー、養蜂家とバリスタが同じチームにいるから出来る本当の『FARM TO TABLE』は、自分たちの自己表現だ。

メニューは西田シェフと相談し、野菜中心にカジュアルに継続して食べてもらえるようなものにした。『健康で、内面からキレイになる』。それこそが今の時代、一番のファッションなんじゃないかな、と思っている

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4月7日に天王洲アイルでオープンしたレストラン「NOZ」Photo by T.Y.FARM

 T.Y.FARMの思想を体現した農業を続けていくことで、日本の農業にイノベーションを起こし、FARM TO TABLE型レストラン「NOZ」という場を作ることで、東京にオーガニック野菜と地産地消のカルチャーを根付かせる。太田氏率いるT.Y.FARMが、若者に農業や食に対して興味や疑問を抱かせる大きなトリガーとなってくれるに違いない。

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T.Y.FARM

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All photos by Noemi Minami unless otherwise stated.
Text by Jun Hirayama
ーBe inspired!

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