元証券マンが愛犬と一緒に過ごしたくてオープンさせた、動物愛護もミートフリーも押し付けないベジタリアンカフェ

Text: Ayah Ai

Photography: Jun Hirayama unless otherwise stated.

2018.6.22

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動物の命を大切にしたい。そう思ってベジタリアンやヴィーガンの道を選ぶ人は少なくない。だがそこに至る道は人それぞれ異なる。

証券マンとして世界中を飛び回っていたフランス人のジョナサン・ベルギッグは、殺処分される予定だった愛犬との出会いから、肉を食べることを止め、仕事も辞めて、外苑前にカフェレストラン「CITRON(シトロン)」を開いた。しかし、ベジタリアンのお店であることは大々的には謳っていない。

「強制することはしたくないんだ」というジョナサンに、肩肘を張らず自然体なベジタリアンライフと、お店に込めた想いを聞いた。

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愛犬ともっと一緒に過ごしたくて、仕事を辞めた証券マン

フランスの首都・パリの出身で、現地の証券会社で働いていたジョナサン。日本に初めて来たのは2004年。会社の駐在で、だった。その後、ニューヨーク、シンガポールにも駐在。30歳のとき、ずっと憧れていた犬を飼うことを決めた。そこで出会ったのがフレンチブルドックのレイモンドだ。

レイモンドは生まれつき心臓の病気を抱えていた。世話をしていたブリーダーには「長生きしないから、飼うべきじゃない」と言われ、では彼はどうなるのかと尋ねたところ、返ってきた答えは「処分する」というもの。なんとか交渉をし、ブリーダーから救出して一緒に暮らし始めた。それからまもなく、ジョナサンに大きな変化が起きた。動物の肉を食べられなくなったのだ。

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Image via Jonathan Berguig

すごく不思議ですよね。犬を飼っている人みんなに起こることではないですから。レイモンドを飼いはじめてから、僕にはレイモンドとほかの動物、ペットとそれ以外の動物を分けて考えることはできなくなったんです。たとえば豚。レイモンドは黒くて小さいフレンチブルドックだから、みんなから黒いピグレットって呼ばれたりもしていました。だからレイモンドを可愛がりながら、豚肉を食べることは僕にはできません。

動物だけではない。魚や虫も殺すことに抵抗がある。どうしても殺さなければいけないときには「自分の心も傷つく」と語る。

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店内にはレイモンドと同じフレンチブルドックの雑貨が随所に置かれていたり、レイモンドの名前を冠したメニューも複数あったりする

レイモンドと暮らすなかでもう一つ疑問を持ちはじめたのが、自分の働き方だった。仕事自体は好きで楽しんでいたが、朝早くから夜遅くまで仕事があるため、レイモンドが留守番をしなければならない時間も長い。大事なレイモンドともっと一緒に時間を過ごしたいと思ったジョナサンは、仕事を辞めることを決意する。

そして、新たに選んだ道が、日本でベジタリアン・カフェレストラン「CITRON」を開くことだった。ニューヨークやシンガポールではベジタリアンの飲食店がたくさんあったのに、日本では見つけるのが難しいと感じていたからだ。店名のCITRON(シトロン)はフランス語で「レモン」を意味する。愛犬レイモンドにちなんでつけた名前だ。

メニューはすべて自家製。廃棄もほぼゼロ

CITRONのメインメニューのカテゴリーは3つ。グラタン、キッシュ、サラダ。乳製品は一部使用しているが、どのメニューも肉は一切使っていない。代わりにソイミートや香草を活かして、コクや食べ応えを出している。すべてジョナサンのお母さんのレシピをもとにしていて、いわば“フランスのママの味”だ。

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パスタもタルトやキッシュの生地もドレッシングもすべて自家製で、毎日店舗のキッチンで作っている。保存料も使わず、冷凍保存もしないため、作るのに手間がかかり、賞味期限も長くはない。だが、オープン当初こそ生産量を調整するのが難しかったものの、今では商品が余って廃棄することもほとんどなくなったという。「売り切れって悪いことではないですよね。もちろん、買ってもらいそびれる、いわゆる機会損失はあると思いますが、それでもいっぱい作っていっぱい廃棄するよりはハッピーです!」とジョナサンは笑顔で語る。そして、お客さんたちも完食してくれる人ばかりで、残飯が残っていることもほぼないという。

「できるだけオーガニックにしたい」。でも難しい日本の現状

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プラスチック製品が引き起こす問題も意識して、コップや持ち帰り用の包装材は基本的にクラフト紙を使用している。食材もオーガニックのもの*1をできるかぎり使うようにしている。ただ、特にサラダではさまざまな種類の野菜を使うため、日本ではオーガニックのものが入手できないことや、売られていても価格が高すぎて使えないこともある。

「日本のオーガニック野菜への需要がまだ少ないのだと思います。」とジョナサンは語る。需要が少なければ、栽培する農家の数や生産される野菜の種類も増えない。すると価格が高くなり、高いと買う人が増えない。2000年頃のフランスでも、同じような悪循環が起きていたという。

オーガニックとは何なのか、農薬にどんな問題があるのかといったことが、まだあまり知れ渡っていないのでしょう。また、日本ではJAS(日本農林規格)の認証マークをとるのも大変だったり、農協の力が強くてまわりと違うことをやるのが難しいのだとも思います。

(*1)農薬や化学肥料を使用しない栽培方法(有機栽培)で作られたものをさす

動物愛護も「ミートフリー」も押し付けない

お店の売り上げの1%は動物保護団体に寄付している。CITRONを立ち上げる前までは、新潟を拠点とした「アニマルフレンズジャパン」(現:あにまるガード)のもとに通い、犬たちを散歩に連れて行ったり、洗ってあげたりしていたというジョナサン。お店を始めてからは通うことが難しいため、別の形でサポートをしたいと考えたという。店内にも寄付先の団体について紹介するポスターを飾っていたり、リーフレットを設置したりしている。

だが、ベジタリアンのお店であることを大々的に謳うことも、動物保護に関するセミナーなどを開催することもしない。ベジタリアンを掲げていると、すでにそうである人たちを対象としたお店と思われてしまいやすい。だがジョナサンは「あらゆる人に来てもらいたい」と話す。より多くの人が、ミートフリー(肉製品不使用)の食事をとってくれれば、殺される動物が減るからだ。

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加えて、「人に何かをするべきだと言うのは、居心地が悪くて好きではありません」と語るジョナサン。特に、母国ではない場所で、“外国人”である自分がこうしたトピックについて語ることは難しいと感じている。

伝えたいことがあるとしたら、とてもシンプルですが、「動物を食べる量を減らすことは、あなたの健康にとってもいいし、環境にとってもものすごくいいし、動物の幸せにとってもいい」ということです。動物のことも環境のことも、全部つながっているので。

でも僕は押し付けたり強制をしたいわけではありません。一人ひとりの生き方や考え方を尊重しているので。だからベジタリアンを表立って推奨することもしないし、「ベジタリアンにならないとだめだ!」と表明することもしない。それが僕のやり方です。

今秋にはビジネス街である大手町に2店舗目をオープンする予定。忙しいビジネスマンたちに合わせて、すぐに買って食べられるパッケージ化した商品を中心に販売しようと考えている。ただ、お店の数を増やすことにも執着はしていない。もちろん、店舗数が増えることで、認知度が高まることは喜ばしいが、大きな組織にすることや、売り上げを伸ばし続けることは求めていない。それぞれの店舗がきちんと利益をあげられて、サステナブルな状況になっていれば十分だという。

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レイモンド亡き後、左腕の内側に彼のタトゥーを彫った。いつでも「心」の近くに感じられるように…

レイモンドへの愛情から生まれたCITRONには、今や「動物の命を守る」ということだけでなく、食の安全や地球環境への配慮、そして企業のあり方にまで、こだわりが広がっている。そしてそのいずれの面も、温かくて細やかな愛情が詰まっていると感じる場所だ。そんなふうにCITRONに大きな影響を与え、ジョナサンの「人生の一部」であるレイモンドだが、心臓の病気が悪化し、今年2月に7歳の若さで急逝した。それでも、レイモンドが生み出した影響、レイモンドがつないでくれた人との縁は、これからも生き続けていくだろう。そんな“息吹”を感じに訪れてみてはどうだろうか。

CITRON(シトロン)

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Address:〒107-0062 東京都港区南青山2-27-21
Tell:03-6447-2556
営業時間:月~金 8:00-21:00 土 9:00~21:00 日 9:00-19:00

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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