「チャリティーでなくビジネスを」。障がい者アートを最高品質で商品化し、“福祉業界”を変革させる兄弟|車椅子ジャーナリスト徳永啓太の「kakeru」 #002

Text: Keita Tokunaga

Photography: ANNE YANO unless otherwise stated.

2018.5.8

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初めまして、車椅子ジャーナリストの徳永 啓太(とくなが けいた)です。
私が車椅子を使用しているマイノリティの一人として、自分の体験談や価値観を踏まえた切り口と、取材対象者さまの価値観を“掛け合わせる”対談方式の連載「kakeru」の第2弾です。

ここでは様々な身体や環境から独自の価値観を持ち人生を歩んできた方を取材し、「日本の多様性」を受け入れるため何が必要で、何を認めないといけないかを探ります。

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徳永 啓太

▶徳永啓太のインタビュー記事はこちら

今回のテーマは「ちがい」です。インタビューをしたのはプロダクトブランド「MUKU」を運営する松田文登(ふみと)さん、崇弥(たかや)さんの双子の兄弟。知的障がいのあるアーティストが描くアート作品をプロダクトに落とし込むことをコンセプトに、傘やネクタイと身近なものを老舗の職人とのコラボレーションにより展開し、社会と繋がることモットーにしている。今あるものとはちがう視点から、ちがう価値観を届けたいという彼ら。プロダクトや福祉、アートと様々な方面で活動する中で見えてきたこととは何か、そしてその「ちがい」にブランドとしてどうアプローチしているのかを探っていきます。

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左から文登さん、崇弥さん

アートを超えるプロダクトを目指して

徳永:まずはMUKUを始めるきっかけなどをお伺いしてもよろしいでしょうか?

松田崇弥(以下、崇弥):知的障がいのある方のアート作品に興味を持ったきっかけは双子の上に自閉症の兄がいまして、 幼少期は週末など母親に連れられて福祉施設に通っている方たちとキャンプに行ったりした経験から、 小学校の卒業論文に「養護学校の先生になりたい」と書くぐらい福祉関係の仕事に興味がありました 。今は広告の仕事をしていますが、ある日母親から岩手県にある「るんびにい美術館*1」を紹介され 、主に知的障がいのある方のアートを展示している美術館があることを知りました。そこに展示してある作品のクオリティーの高さに驚き、これはちゃんとプロダクトに落とし込めば世の中に提供できると思いました。 このときの衝撃を双子で話し合い、MUKUをスタートすることに決めたのです。

(*1)知的な障がい、精神的な障がいなどのあるアーティストの作品を多く展示する岩手県・花巻市にある美術館。館内のアトリエではアーティストたちが作品の制作を行っている

徳永:MUKUの活動でお互いの役割分担はありますか?

松田文登(以下、文登):僕が営業や施設の方とのお話をさせてもらっていて、 崇弥が企画や広告などを担当しています。 先ほど崇弥から知的障がいのある方のアート作品の活動についての話がありましたが、僕は日本の縫製工場が失われつつある現状を知り、職人仕事を盛り上げていきたいという気持ちがあるため、「知的障がいのある方のアート」と「職人仕事を盛り上げる」という二つを掲げてやっていきたいと思っています。

徳永:MUKUとしてのブランドのこだわりを教えてください。

文登:僕らは「アートを超えるプロダクトを作りたい」といつも話していて、 まずはじめに値段が高くなっても構わないので、最高品質のものを作ること、そして日本製品にすることを決めました。価格が上がるという面もありますが、「知的障がいのある方の中からアートを通じてヒーローを生み出す」ことをやりたいと思っていて、そのためには品質は徹底的にこだわりたいと思っています。

現在お願いしている職人さんは山形に自社工房を構える創業明治38年の「銀座田屋」というネクタイを専門にしているところです。細い絹糸を使用していて、高密度かつ多色の織りが出来ることで、アート作品の細やかな表現が再現できプリントよりも上品な仕上がりが実現しています。

また傘は日本橋にある洋傘一筋87年の小宮商店というところにお願いしています。蓋を開けてみるとどちらも自社以外の製品を作るのはMUKUとが初めてということで、職人さんは「技術をより多くの人に知ってもらう機会になった」と喜んでくださいました。

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Artwork by SASAKI SANAE

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アート作品では白色になっているものを、ネクタイでは銀色で表現することで高級感が出る仕上がりになっている

徳永:絵のセレクトやアーティストとの契約はどのように行なっていますか?

崇弥:MUKUには双子を合わせてメンバーが5人いるんですが、みんなで話し合って決めています。 我々のところに美術館や親御さんから直接情報をいただき、そこから素敵な作品を我々で選びご連絡させていただいて、契約を結ばせてもらっています。 また僕らは売上分ではなく、工場へ発注した段階でデザイン使用料として商品価格の一部をアーティストさんに渡す仕組みにしています。なので今後も製造した分に比例してアーティストさんへ貢献できます。

徳永:なるほど!アーティストにしっかり使用料が渡る仕組みになっているわけですね。他にも知的障がいのある方のアートでプロダクト作りをしている企業はありますが、品質へのこだわりと若者に受け入れられやすいようなプロモーションをしていて、これまでにないものだと感じました。

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崇弥:そうですね。モデルは雰囲気のある方や目を引く方を中心に採用しており、アーティストではGOMESSというラッパーとコラボレーションしたりとプロモーションも考えています。MUKUのホームページでも意識しているのですが、例えばアーティストさんを似顔絵で紹介しています。というのは、彼らのアーティスティックさを統一性を持って前面に押し出そうとしたときに写真では伝わりにくいと感じたので、それぞれ写真をいただいてそこから似顔絵にしています。

徳永:ホームページで商品にアーティストの名前がついているのを見て、彼らを尊重しているというスタンスが伝わってきてとてもいい活動だなと思いました。

崇弥:それぞれのアーティストにファンがつくように持っていきたいと思い、商品名にお名前を入れさせていただいています。 将来的にはMUKUのホームページをクリックすると、アーティストの一覧が並んでいて、個人に焦点を当てるような見せ方をして、そこから商品に飛ぶような導線に変えていきたいなと考えています。

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知的障がいというより、アーティストであることを打ち出したい。

徳永:文登さんは直接アーティストさんとお会いしてお話しする機会が多いと思いますが、接してみて何か感じることはありますか?

文登:僕はまだ「るんびにい美術館」しかわかりませんが、とても自由な現場だと思いました。作るものや時間が決まっているわけでもなく、アーティストさんそれぞれが納得のいくまで好きなものを作っていて、周囲も個人を尊重しているような雰囲気だったのでとてもいい環境だと思います。

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徳永:個人的にこういった施設に通っている方のアート作品を世の中に広める活動について思うことがあって、アーティストと紹介する前に“知的障がい”という言葉を説明に使うことが、ありかなしかという問題です。どんな人であれ、いいものはいいと判断したいのですが、僕は“知的障がい”という言葉をみると良くも悪くも偏った見方をしてしまうなと正直思っていまして、その言葉だけで物事に対する価値観が変わってしまうこともあるかなと思っています。

崇弥:この活動を始めて約1年半になりますが、最初は“知的障がい”という言葉を使わなくていいんじゃないかと話をしていました。一方でその言葉を使わなくなると、ブランドとしてのアイデンティティがなくなっていることに気がつきました。 色々話し合い悩んだ末、最終的には“知的障がい”という言葉を使うことにしました。

文登:ある日るんびにい美術館のアートディレクターをされている板垣さんと話をする機会があり、 “知的障がい”という言葉をつけるかつけないかついて悩んでいたことを打ち明けました、板垣さんからは「出すも出さないも、最終的に出た答えでいいのでは」というご意見をいただきました。しかし正直なところ、まだすっきりとした答えが出ていないと思っています。

理想は、MUKUの情報を知らずにアーティストの作品を見てかっこいいと思ってくださった方が、後から知的障がいのある方の作品だと知るというサイクルに持っていけたらいいなと思っています。

崇弥:この件に関しては、常に僕たちも考えていてそのサイクルができたら一番嬉しいのですが、今の段階だとその導線を作るのは難しいとも感じています。 例えばトークショーに呼ばれる機会も増えてきたのですが、知的障がいのある方と一緒に活動していることの話について聞かれることが多く、作品にあまり触れられてないなと感じる時があります。僕らは世の中によく思われたいからやっているわけではなくて、彼らのアートの価値が正しくつけられるように持っていきたくて活動していると思っているので、世間が期待していることと僕らの考え方に差があり、それに違和感を覚えています。

徳永:最近知的障がいのある方のアート作品が注目される機会が多くあると思いますが、「知的障がいのある方=アーティスト」というわけではないと思います。もちろん中にはとても優れた才能を持っている方もおられますが、そういった方ばかりではないですよね。そうした方の作品をすくい取るというか、プロダクトに落とし込む受け皿のような活動をデザインを通じてできたらいいなと前々から思っていて、MUKUさんは今後そういった活動の役割として重要な位置になると思いました。

崇弥:そうですね。僕たちが使用許可も含めて交渉できるアーティストの作品は現在1000作ほどですが、 毎年MUKUとして世の中に発表できているのは10数作という現状があり、とてももったいなさを感じています。今後はいろんな企業や行政、クリエイターと彼らの作品をプロダクトに落とし込めないか企画、提案をしていきたいなと思っています。

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チャリティーではなく、しっかりビジネスをしてアーティストに貢献することが第一。

徳永:アーティストの作品をプロダクトに落とし込むことで社会との繋がりを作るということですね。

崇弥:今はMUKUとしての活動がメインですが、僕はもともと福祉そのものに興味があったので、プロダクトプロデュース以外のことにも興味があります。 福祉という枠組みの中で施設の設立やサービス、システム提供をしたいと思っています。 なので多方面から福祉事業をボトムアップしたいと考えています。

文登:僕は今の社会を変えたいっていう意識が強いのかなと思います。 所謂“健常者”と呼ばれる枠組みの方に向けて、福祉や知的障がいというものに対するイメージや価値観を変えていきたいなと思っています。

徳永:お二人ともプロダクトやアートを通じて社会と関わりを持つというスタンスは変わらず、文登さんは変えていきたい方面が社会全体に、崇弥さんは 福祉に関わりのある当事者や関係者に関心が向いているということですね。 福祉という枠や知的障がいという言葉を使わずに世間に知ってもらうことが理想ではあるけれども、社会と関係するにはそれらを拭いきれないこともあって、言葉や枠とうまく付き合っていくというのが良いのかもしれません。MUKUさんの商品が徐々に社会に浸透していくことが一番良いですね。

崇弥:僕たちはプロダクトを通じて、アーティストさんの作品を売る、そして儲けるということは大事だと思っています。福祉関係でビジネスをすると少し煙たがられることも稀にありますが、売ってお金をいただくのが一番の貢献に繋がるのではないかと思っています。 MUKUとしてのこだわりでもお伝えしたように、最高品質で提供するっていうことはアーティスト作品を安売りしないということでもあり、それが結果的に福祉とアーティストへの貢献になると思っています。

文登:個人的に伝統工芸という分野にも興味を持っていて、岩手県に様々な工芸品があるので今後は一緒にやれたらなと思っています。というのも、モノにしてお客様の元へ届けないと意味がないので、その「モノにする」ということをちゃんと考えて提案し、それを通じてアーティスト作品を広げていきたいと考えています。

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インタビューの中でも少し触れていますが、そもそもアーティストであることに“障がい”のあるなしは関係ないはずなのに、“知的障がいのある方のアート作品”と言葉で括って取材することは野暮だと思っていました。それは「いいものはいい」と判断したいのに、知的障がいという言葉を使った説明が私の判断を鈍らせているためでもあります。

また福祉関連に関わることは、色々な方が色々な解釈をされる分野でもあり、とてもセンシティブな問題がつきまとうと思っていて、どのような話題にするか正直迷いました。しかしお話しすることが決まったとき、私が疑問に思っている事柄についてどのように考えているのか、あえて深く掘り下げてみようと考え質問を投げかけました。それに対してMUKUのお二人は知的障がいという言葉の扱い方から、福祉事業でしっかりビジネスを試みていることまで難しい問題に快く答えてくれました。

特に「売って儲けることでアーティストへ貢献したい」と筋の通ったお答えにはとても感心いたしました。何事にも継続が必要で、そのためには資金が必要です。なのでビジネスをすることは、とてもまっとうな考えだと思います。MUKUさんのように、アートとプロダクトを通じて価値観を整理するような活動を今後とも期待したいです。

MUKU

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“ちがう視界から、ちがう世界を描き出す”をテーマに、強烈なアイデンティティをもつアーティストが描くアート作品をプロダクトに落とし込み、社会に提案するブランド。クリエイティビティを徹底的にブランディングすることで、社会に新しい価値の提案を目指す。2016年六本木アートナイト、国立新美術館の展示会、伊藤忠青山アートスクエアの企画展、代官山蔦屋書店のフェアへの参加、100個のプロジェクトがうごめく実験区100BANCHへの参画など、福祉の枠を越えた精力的な活動を行う。

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松田文登(兄)

1991年5月8日生まれ。岩手県出身。双子の兄。東北学院大学 共生社会経済学科卒。本業は岩手県の建設会社。MUKUでは、新規営業開拓・契約等を担当。

松田崇弥(弟)

1991年5月8日生まれ。岩手県出身。双子の弟。東北芸術工科大学 企画構想学科卒。本業は東京の広告代理店。MUKUの、企画・プロデュース全般を担当。

Keita Tokunaga(徳永 啓太)

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脳性麻痺により電動アシスト車椅子を使用。主に日本のファッションブランドについて執筆。2017年にダイバーシティという言葉をきっかけに日本の多様性について実態はどのようになっているのか、多様な価値観とは何なのか自分の経験をふまえ執筆活動を開始。

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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