#003「『犯人は発達障害』という報道は遺憾」。発達障害の人を支援するダンサーが話す、日本社会のいきすぎた理想 |車椅子ジャーナリスト徳永啓太の「kakeru」


こんにちは、車椅子ジャーナリストの徳永 啓太(とくなが けいた)です。
ここでは私が車椅子を使用しているマイノリティの一人として、自分の体験談や価値観を踏まえた切り口から“多様性”について考えていこうと思っています。そして、私の価値観と取材対象者さまの価値観を“掛け合わせる”、対談方式の連載「kakeru」第3弾です。様々な身体や環境から独自の価値観を持ち人生を歩んできた方を取材し、Be inspired!で「日本の多様性」を受け入れるため何が必要で、何を認めないといけないかを探ります。

今回のテーマは「りかい」です。インタビューをしたのは、発達に障害がある方や自閉症の方を支援している笹本智哉(ささもと ともや)氏。彼は個人活動でSOCIAL WORKEEERZ (ソーシャルワーカーズ)というダンスチームを運営し、福祉施設を訪問してパフォーマンスしたり、自閉症啓発イベントなどに参加したりしています。

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徳永啓太(左)笹本智哉さん(右)

▶徳永啓太のインタビュー記事はこちら

今回私は6月9日に東海道新幹線内で起きた殺傷事件で「犯人は発達障害」と報道されて物議を醸した件について、彼に発達障害の当事者をサポートする者としての見解をうかがいたくインタビューをお願いしました。この機会に発達障害とはどのようなものなのか、正しい知識を理解し我々がどのように付き合っていけばいいのか、そして当事者が社会とつながるにはどうすればいいかを笹本氏の専門知識を交えながら、多くの方に「りかい」してもらいたいと思います。

当事者と一緒に行動し、その場でサポートする仕事

笹本:今回は、発達障害や自閉症の方について読者の方に理解してもらいたいと思い取材をお受けいたしました。東海道新幹線での殺傷事件の報道からは発達障害に対するメディアの偏見がみられたので、正しい知識を持ってほしいという思いがあります。事件を起こした容疑者を擁護するものでは決してありません。また今回被害に遭われた方、そしてそのご家族の方には大変心が痛い事件となってしまったことに対し、お悔やみ申し上げます。このような事件が再び起こらないことを心より願っております。

徳永:このようなトピックでのインタビューとなりましたが、お受けくださり誠にありがとうございます。それでは笹本さんのされているお仕事の内容からうかがってもよろしいでしょうか。

笹本:私は児童発達支援管理責任者という資格を持っていて、未就学(小学校の就学年齢に満たない児童)の発達障害児へ向けた「療育(りょういく)」の仕事をしてます。療育というのは、発達障害のある児童が日常生活で身に付けづらいコミュニケーションや運動機能、身辺自立*1に必要なスキルや学習を身につけるための支援(セラピー)です。例えば、絵の描き方・文字の書き方、「助けて」や「トイレに行きたい」などのサインの発し方、自分が何がしたいかという要求をうまく伝えるためのスキルを身に付けるのをサポートします。児童が集団で行動できるようなスキルを身につけ、友達と遊んだりする際のコミュニケーションがとれるよう、当事者と一緒に行動しその場でサポートしたり教えたりするのも支援の一つです。

また児童発達支援管理責任者は、専門医から発達障害や自閉症と診断された児童やご家族、相談支援専門員、行政と一緒に考え、それぞれにあった支援の計画をたてる。それを親御さんと共有し、ご家庭でも実施してもらうよう促すことや、行政とのやりとりに必要な書類作成や発達障害の当事者が通う施設の運営・管理などをしています。

(*1)洗面、着替え、歯磨き、食事、排泄などの身の回りの基本的な動作

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仕事以外ではSOCIAL WORKEEERZ (ソーシャルワーカーズ)という団体の代表をしてます。これは福祉施設へ訪問しパフォーマンス・ワークショップをしたり、啓発イベントに出演したり、障害のあるアーティストとダンスを通したアートクリエイション、イベントプロデュースをしている団体です。

発達に障害がある人が、よりよい生活を送るための支援

徳永:これまで従事してきた仕事に関して、実際にはどういった個別のサポートをしましたか?

笹本:特殊な例ですが、 公共施設にある非常ベルを押してしまう方がいました。なぜかというと非常ベルには「強く押す」と書いてあるからです。私たちは“非常な時になったら”という説明がなくても共通認識があるので「強く押す」と書いてあっても非常な時以外は押しませんよね。しかしその方には、その認識がなくて文字通りに押してしまう。それで大騒ぎになり、みんなから心配されますよね。実はそのあとのサポートが重要で、いけないことをしたというより「自分が注目されて嬉しかった」という体験をすると、周囲の反応を覚えていてその後も押してしまう癖がつくかもしれません。今後そのような行動を取らないように当事者と一緒に行動し、押さないで歩くよう一回一回教えていきます。そこで素直に受け入れるようになってきたなら褒めて、「押さないで歩く行動」がいいものと教え、今後も同じように働くよう促します。それを繰り返すことで理解し、徐々に自己の行動をコントロールできるようになってきます。

徳永:最近「発達障害」という言葉や文字を目にする機会が増えてきましたが、これはどういった基準で診断されるものなのでしょうか。

笹本:発達障害かどうかを見極める検査や診断基準(国際的にはDSM-5)があります。皆さんも専門機関にいけば受けられるような簡単なもので、そこでできる領域とできない領域の差が著しい場合や日常生活に支障をきたす場合、発達に障害やその傾向があると診断されます。それは専門医が定めるもので、そのあとは私たち児童発達支援管理者の仕事です。

徳永:検査を受けていなくて診断されていないだけで、実際に社会で働いている人のなかにも発達障害や自閉症の傾向にある方が紛れているということも考えられますよね。何が言いたいかというと、 それは決して特別なことではなくて身近にその傾向のある人がいてもおかしくないんじゃないかと考えたのですが。

笹本:それはあると思います。例えば勉強や仕事(決まったルーティーンワーク等)は上手くやれるけれど、仕事以外の時間の過ごす方法がわからないと悩む方もいらっしゃいます。発達障害や自閉症は「こういう人」って定めることができなくて、さまざまな症状の方がいるので一概には言えません。

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徳永:では発達障害や自閉症の方は、具体的に困ったときにどのような行動をとってしまうのでしょうか?

笹本:わかりやすい例で言うとイレギュラーなことに対応できないということでしょうか。 例えば電車に興味がある子が運行時間を何時何分まで記憶していて、それが天候などの影響で時間が変わっただけでどうすればいいかわからずパニックになってしまうケース。 周囲の人の声や音をすべて拾ってしまい環境に適応できずパニックになってしまうケース。思ったことや見えたものを何でも口に出してしまうケースもあります。またそれとは反対に自分の要求をうまく言葉にできずストレスを抱え込んでしまう方もおられます。

「発達障害、自閉症=犯罪を犯す」は根本的に誤った認識

徳永:彼らの行動にはそれぞれ理由があるわけですね。知っていればなぜそのような行動をとっているのか理解できますが、知らないまま当事者を見かけると「変わった人」や「異常な人」ととらえてしまう。これが認識の差だと感じます。そこで今回取り上げたいのは「東海道新幹線で起きた殺傷事件にみるメディアのあり方」です。一部メディアが「犯人は発達障害」と報道し物議を醸しました。 メディア側も軽率な行動だったと謝罪をしていますが、こういった報道が流れるということは根本的に誤った認識をしている方がいるからだと思いました。当事者と接する仕事をしていて今回の報道をどうとらえていますか?

笹本:非常に安直だと思いますし、憤りを覚えます。少なくとも私が見てきたなかで発達に障害があるからといって殺人を犯すというのはありえません。以前は児童に限らず成人の方もサポートしていましたが、考えにくいです。そもそも前提として計画的に殺人を犯すという発想は私たちもしませんよね、それに発達に障害がある方は自ら計画的に何かをする行為が苦手な傾向にあるからです。

もちろん私が知らないだけでなかには犯罪に興味を持ってしまう方もいるかもしれません。そのような偏った思想を持つ人は一般と同じで少数だと考えます。なので発達に障害があるからといって犯罪を犯すというイメージに直結するのはとても偏ったとらえ方で残念に思います。

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徳永:ある雑誌で容疑者の母親が「小さい頃から発達に障害がありましたが、私なりに愛情をかけて育ててきました」と告白した手紙を書き公表しています。これを読んだとき、私のなかで事件をどうとらえたらいいのかがわからなくなったのですが笹本さんはどう考えますか?

笹本:私もその記事を読みました。少し話が逸れますが、例えば学生の頃は成績が良いと発達に問題ないと専門医ではなく親や周囲のレベルで判断されることもあります。それは学校で宿題やテストなど先生から与えられた課題に対応できれば優秀な生徒と評価されるケースです。しかし社会に出ると、課題に応えること以外にコミュニケーション能力や自発的に行動して仕事をすることが求められます。手紙の文面では「仕事場でいじめにあい、退職して引きこもった経験がある」と書いてありました。彼の場合だと学生生活では支障がなかったものの、社会で求められる能力に応えられなかったのだと思います。社会での人間関係に対応できなかった自分をネガティブにとらえてしまい、彼の思考を歪ませたのかなと推測します。

とても稀な事例ですが、仮にそれが発達と関係していると考えるのであれば、いじめられた経験がネガティブな思考を生み、それに対してうまく気持ちを切り替えたり、発散したりしていく方法がわからずネガティブな思考だけ進んでしまったのではないかと思います。発達障害の当事者は私たちが感じるよりはるか深くネガティブにとらえてしまう傾向にあるので、それが少し原因にあるのかなと思います。私たちの仕事は一つひとつ当事者と向き合い、徹底的に原因を掘り出し、よりよい生活を保てるように努めているので、手を差し伸べられたら彼も考えが変わったのではないかなと思います。

徳永:なるほど、発達に遅れがあるからではなく、当事者の経験が曲がった思考を生んでしまうケースもあるということですね。序盤でもお聞きしたようにうまくストレスを発散する仕方や要求を伝える方法が見つけられない方に当てはまるという推測ですね。しかしネガティブな経験から歪んだ思考を生むことは、発達に障害がある方に限らず誰にでも当てはまるように感じます。

笹本:あくまでも推測ですがそう考えます。それと同時に、日本は社会が求める人間の能力や人間像の理想が高く、さらにスタンプの版のように同じでなければいけないという風潮があることも関係していると思っています。型に少しでもはみ出してしまうと省かれる傾向にあると個人的に感じていて、それが生きづらさを生んでいるのではないかと。つまり社会に原因があると普段から感じてます。

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社会の「人間」に対する許容範囲が狭いことが生きづらさを生み出している

笹本:「同じでなければいけない」という風潮は一般社会だけでなく、ヘルパーや就労支援など発達に障害がある方を支援をする現場でも感じることがあり、とても疑問に思っています。 例えば食事中は絶対に背筋をピンと伸ばさないといけないとか、日常生活の場でシャツは絶対ズボンの中にいれなきゃいけないとか。音楽イベントに来てるのに歌ったり踊ったりしたらヘルパーに注意されるとか。作業所で休み時間でも同僚に手を振ったら怒られるとか。当事者がちょっとでも要求を人に伝えたら怒るとか相手しないとか。そういった場面を目にしたことがあります。一般の方でも細かいことをすべてやれてるわけではないですし。それを当事者へ必要以上に求めている姿を見かけるととても残念な気持ちになります。

私は当事者の主体性を引き出して生活をよりよくすることが支援だと思っているのですが、当事者を厳しく指導しているのは取り巻く関係者が恥をかきたくないからだと個人的に思っています。それは本当の意味で当事者支援にはならないのではないでしょうか。

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徳永:日本には礼儀作法を重んじる文化が根付いており、確かに社会が求める態度に合わせなければならない場面が多いと思います。しかしそれ以外の場面でも求められていることは今まで知りませんでした。当事者の親御さんや支援する周囲の方々、そして社会も寛容な心を持つことも大事ですね。

笹本:そうですね。必要以上にしつけ的な行動を求める光景を見たとき、そんなことされて嫌じゃないの?ムカつかないのかな?逆に少しぐらい悪くなったっていいんじゃない?って思って、もっと自由に自分を解放していい、余暇を楽しめる場所を作りたいと考えて、年に一度「チョイワルナイト」と名付けたダンスパーティーを個人の活動として開催しています。そこでは、音楽とダンスなどのキャッチーなコミュニケーションツールで障害のある人たちにとって自由に自己表現をする場・社会参加の場・外出の機会になったり、障害のない人も障害のある人を知るきっかけになる啓発の場を作りたいと思って活動しています。

徳永:私も参加しましたが、参加者の皆さんがすごく楽しそうでした。あまりに楽しすぎて一人で立って踊ったり、ダンサーがパフォーマンスしているところに乱入したりする子もいたりしましたが、みんなそれを許して楽しもうと自然と団結しているように感じました。ほかのイベントだと「座って静かにしてなさい」と注意されそうな行為もすべて受け入れていましたね。それでいいんだって私の価値観を変えてくれた体験でした。何の問題もなく皆がイベントを楽しめている光景を見ると、障害があるからといって問題を起こすとは思えませんね。

自分を責める前にまず相談を、そして発達支援やサポートにもっと理解を

徳永:最後に発達の障害から社会の窮屈な構造にまで触れていきましたが、このインタビュー記事を読んでくれる当事者や生きづらさを感じている方に伝えたいことはありますか?

笹本:もっと発達支援やサポートする施設があることを知ってほしいと思いますし、もっと気軽に当事者と遊んだり、セラピーなどを受けれられる環境自体が広がってくれればいいと思ってます。私たちに相談することに勇気が出ない方もいらっしゃるかと思いますが、私たちの活動を知ってほしいですし、お気軽に相談からでもいいので相談支援事業所や療育センター・児童発達支援事業所に連絡していただけたらと思います。そして発達に障害がある方とも接してほしいので、ぜひご興味があればSOCIAL WORKEEERZの活動も見に来ていただけたら幸いです。

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 今回は大変難しい問題について答えてくれた笹本氏に感謝いたします。事件が起こった後に発達に障害がある方について取り上げるというのは不本意ではありますが、今回を機に発達に障害がある方や自閉症の方の正しい知識を持ってほしいという思いでおります。そんなインタビューのなかでも“社会が求める人間の能力の高さや人間像の理想が高い”という話題、そして“スタンプの版のように同じでなければ”というワードが印象的でした。私も「健常者」や「障害者」という言葉があるように、平均的なことができない人を分けたり、少し変わった考え方を持っている人に対して偏見を持つ傾向がある気がしていたからです。これでもっと社会が寛容になって、お互い認め合う余白ができればという課題が見つかり、連載のタイトルにも入っているワード「多様性」の根本を考える機会になったと思います。また最後に笹本氏がおっしゃっていた、もっと気軽に相談してほしいという点。日本は精神的に弱い方を受け入れようとしない風潮があり、そして当事者もカウンセリングを受けることに抵抗があると感じます。社会が多様性を認めようと動いているのであれば、こういったところも変えていく必要があるのではないでしょうか。

 最後に東海道新幹線での殺傷事件からメディアのあり方に疑問を持ったのでこの企画を提案いたしました。メディアや偏見についての異議申し立てであり、事件の容疑者を擁護するものでは決してありませんし、彼は完全に誤った行動をとったと思っております。私からも今回被害にあわれた方、そしてご家族の方にお悔やみ申し上げます。このような事件が起こらないことを心より願っております。

Tomoya Sasamoto(笹本 智哉)

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Photo via SOCIAL WORKEEERZ

Keita Tokunaga(徳永 啓太)

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脳性麻痺により電動アシスト車椅子を使用。主に日本のファッションブランドについて執筆。2017年にダイバーシティという言葉をきっかけに日本の多様性について実態はどのようになっているのか、多様な価値観とは何なのか自分の経験をふまえ執筆活動を開始。

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▶︎これまでの徳永啓太の「kakeru」

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All photos by Rina Kuwahara unless otherwise stated.
Text by Keita Tokunaga
ーBe inspired!

 

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