障害者という“レッテル”はやめよう。アートキュレーターが語る「言葉に左右されない審美眼」の重要性

2017.10.23

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食事をするレストランを決めるときや、買い物をするとき「有名店の〜」「あの有名人がオススメの〜」という謳い文句に惹かれやすい人は少なくないのではないだろうか。「有名」という言葉がもたらす影響は大きいかもしれない。

しかしながら「有名」だからといって、そのレストランの食事が「おいしい」とは限らないし、必ずしも本質的に価値があるわけではない。話題のレストランに行ってみたものの、期待していたほど味がよくなかったという経験もあるだろう。雑誌やTVには取り上げられていなかったわけでもなく、たまたま入った無名の店がとってもおいしいなんてこともある。これはアートに関しても同様で、アーティストが有名なだけで人が見に集まってくるが、そのアートは無名の人が作ったものとどう違うのだろうか。

Photo by 撮影者

川内 理香子 「Bodies」 Photo by Ujin Matsuo ©Rikako KAWAUCHI, Courtesy of WAITINGROOM 個人蔵

「有名なアーティスト」や「障害者」「健常者」の作品に“違い”はない

現在東京の青山で開催されている「どんな人にもひらかれた、アクセシブルな展示会」を目指したアート体験、日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS企画展「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」。Be inspired!は、「有名人」や「障害者」「健常者」の作るアートの違いはあるのかを探るべく、同展覧会のキュレーターを務めたロジャー・マクドナルド氏と塩見有子氏にインタビューを行なった。2人は現代アートと視覚文化を考える場を作るNPO団体AIT(エイト)に所属している。

「有名なアーティストの作品と、そうでないアーティストの作品はどのように違うのでしょうか?」。筆者はさっそく彼らにそんな質問を投げかけてみた。

ロジャー:本質的には違いはない気がするのですが、社会や制度が“違い”を作り上げるのですよね。アートという制度が価値を作っていくことに対しての議論はありますし、これは美術史のなかでも問題視されてきていることなのです。

塩見:その制度というものは自分が作った価値とか軸じゃなくて、誰か社会や歴史、権威が作ったものです。人はそれにならって判断することになってしまっています。

彼らがキュレーションを手がけた、今までにない現代アートの展示「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」では、そんな社会的に「違い」とされるものの枠組みを取り払う工夫を施しているというのだ。同展示ではアーティストを「有名」や、「障害者」「健常者」といったカテゴリーに分類してラベルを貼ることは一切しない。

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また、参加している22人のアーティストには障害を持ったアーティストが含まれているが、彼らの作品を「障害者アート」とは呼ばない。キュレーターたちが選んだ言葉は、美術教育を受けていない人たちによるアートをさすのに用いられてきた包括的なカテゴリー「アウトサイダー・アート」だ。

それから、作品のクレジットが書かれたパネルに「こんな障害があります、ありません、こんな施設にいます」と表記するのではなく、来場者に配る冊子にアーティストの制作風景がわかるストーリーを入れるのに留めている。このようにして、鑑賞者が「障害者アート」という先入観からバリアを作って、一定の見方しかできなくなることを防ぐ取り組みを意識的に行なっているのだ。

立場の異なる人々が共に作り上げた究極の「開かれたアート展示」とは

一般的な美術展を作るときもさまざまな人とのやり取りが必要となるが、今回の展覧会を作るのに集まったメンバーは通常より多様性に富んでいた。展覧会名が「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」なだけあって、企画段階からキュレーター、建築家、デザイナー、アクセシビリティの専門家、当事者などがチームを組んで共に作り上げられたのだ。

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そこで同展覧会に課せられていた課題は「どんな人にもアクセスしやすいもの」にすることであったが、障害にもさまざまな種類があり、すべてに対応することなんてできるのだろうかという疑問が浮かんでくる。しかし当事者たちによると、そこまでの配慮は必ずしも必要ではないのだという。

ロジャー:みなさんが言ってくださったのは「すべてを完璧にする必要は全くないよ」という心強い言葉でした。すべてをやろうとすると資金的、時間的、能力的に無理だけれど、とにかく態度を示すことが大切で、それだけでも中身が変えられるかもしれないと思ったのです。

実際に、会場とした複合文化施設「スパイラル」にある階段に設置することになったスロープの勾配は車椅子が上り下りできる法的な基準を満たしているものの、車椅子に乗った人だけで登るには少し急すぎるのだそう。しかし、今までは入り口側からは「不可能」だった車椅子での上の階へのアクセスを「可能」にしたことだけでもアクセシビリティに対する十分な態度の表明となると考えられる。

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さらに、あらゆる人と考え方を共有しながら企画が進められたおかげで、障害を持つ当事者の意見が反映されただけではなく、企画のプロセスの「透明性」が高い美術展となった。

塩見:建築家の方からキュレーターの考えていたことを示す場はないかという意見が出て、キュレーションをする際の考えや参照した文献などを紹介する「キュレーターの壁」というコーナーを設置することになりました。

ロジャー:建築家の視点ですよね。普段あまり表に出てこないようなところを見せようと。美術展ってね、プロセスはせいぜい図録に載せるくらいで、結果だけ見せるということが多いから。

立場の異なる者が集まって話し合うやり方は美術展の企画に留まらず、学校や会社で何かを作るときに参考にすべきアイデアかもしれない。

「美術館」ではなく、若者の集まる青山のパブリックなスペースで

今回の展示の特徴であり、キュレーターの2人にとって挑戦であったのが、アートのための空間である「美術館」ではなくパブリックなスペースで美術展を開くことだった。

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あえてそんな場所を選ぶことで「アートに興味のない人」や「アウトサイダー・アートに惹かれない人」も、参加アーティストが有名だからではなくスパイラルに来てくれるかもしれない、そんな社会的な意味も今回の展示では期待できる。
 
ロジャー:かっこよくというアプローチもすごく大事だと思っています。アウトサイダーアートを見たことない、なんだか知らないっていう人も素敵だとか可愛いとかから入ってきて、深く見てもらえたら社会的な響きがあるはずです。多くの人にとって、これが初めての障害者の方のアートを見る体験になるとしたら、それも意味があると思いますね。

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今まで「障害者アート」という言葉にどんな印象を抱いていただろうか。「障害者アート」という言葉で括られると、作品に対する評価は残念ながら正当なものではなく「障害のある方が頑張って描いたんだね」というものになることが多い。

そこで今回彼らが「障害者アート」という言葉をあえて使わなかったことは日本の美術史的にも大きな意味を持つだろう。それは「障害の有無」によってアートの本質は変わらないということを、言葉によって示しているからだ。「有名」という言葉についても、同じような考え方で切り離せるかもしれない。

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清水千秋「マツコ・デラックス」 撮影:木奥恵三 やまなみ工房所蔵

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今回の展示に参加しているアーティストの特徴は、作品に込めた思いを言語化していない者たちだというところだ。「アートは敷居が高い、理解するのが難しい」と考えている人も、作品を読み解くためのルールの存在しない同展示なら、自由にのびのびと鑑賞することができるのではないだろうか。

<開催概要>

会期:2017年10月13日(金)〜31日(火)

開館時間:11:00〜20:00/会期中無休 会場:スパイラルガーデン(スパイラル1F)

〒107-0062 東京都港区南青山 5-6-23 Tel 03-3498-1171 http://www.spiral.co.jp/

アクセス:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線「表参道駅」B1出口前もしくはB3出口より渋谷方向へ1分。※B3出口にエレベーター・エスカレーターがあります。

入場料:無料

主催:日本財団

制作:一般財団法人 日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS

監修:NPO 法人アーツイニシアティヴトウキョウ [AIT/エイト]

■展覧会チーム
キュレーター:ロジャー・マクドナルド、塩見有子 [AIT/エイト]

会場構成:アトリエ・ワン

展覧会グラフィック:橋詰 宗

エディトリアル:石田エリ

ラーニング企画・運営:NPO法人 エイブル・アート・ジャパン

ラーニング協力:視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ、美術と手話プロジェクト、森美術館

■参加作家
青山 悟、占部史人、Emiエミ、川内理香子、Christian Hidakaクリスチャン ヒダカ、小松和子、清水千秋、清水ちはる、土屋信子、土屋正彦、寺口さやか、Peter McDonaldピーター マクドナルド、藤岡祐機、古谷秀男、堀江佳世、松永 直、水内正隆、みずのき絵画教室、森 雅樹、八島孝一、竜之介、渡邊義紘、香取慎吾

■展覧会特別フードメニュー 野村友里(eatrip)、長田佳子(foodremedies)

■リサーチ・キュレーターズ
赤荻 徹(アトリエ・エー)、大内 郁(アーツカウンシル新潟)、岡部兼芳(はじまりの美術館)、岡部太郎(たんぽぽ の家)、奥山理子(みずのき美術館)、千葉真利、津口在五(鞆の津ミュージアム)、松本志帆子(藁工ミュージアム)、森岡督行(森岡書店)、山下完和(やまなみ工房)

■協力:MIZUMA ART GALLERY、社会福祉法人やまなみ会 やまなみ工房、GALLEY SIDE 2、WAITINGROOM、一般財団法人たんぽぽの家、社会福祉法人わたぼうしの会、アトリエ・エー、SOCAI THE BATHHOUSE、広島県立広島中央特別支援学校、株式会社愉快 studio COOCA、社会福祉法人大和会 大和高原太陽の家、社会福祉法人パレット会 パレットたつの 、みずのき美術館(順不同)

■公式ウェブサイト
https://www.diversity-in-the-arts.jp/moto

制作:萩原俊矢、三浦早織

協力:Bmaps プロジェクト(日本財団 CANPAN プロジェクト/株式会社ミライロ) バリアフリー共有アプリ「Bmaps(ビーマップ)」と連携しアクセス情報の提供を行います。会場から出た後も楽しめるよう会場周辺の飲食店などの情報も公開します。

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塩見有子 & ロジャー・マクドナルド

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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