大事なのは私欲を捨てること。“自己犠牲の精神”が宿るポートランドから生まれた「利益0円の飲み屋」を成功へと導いた男。

Text & Photography: Rika Higashi

2017.5.11

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「一杯飲んで、社会貢献」。そんなシンプルなアイディアで、約1380万円(125,000ドル)もの募金額を集めたパブがオレゴン州ポートランドにある。今年で開店4周年を迎えた利益の全てをNPOに寄付するパブオレゴンパブリックハウスだ。

創始者のライアン・サーリ(Ryan Saari、以下ライアン氏)氏は、「ビジネス」と「チャリティ」を巧みに融合させ、真面目で大変なイメージがまとわりつく社会貢献活動を、ハンバーガーを食べたり、ビールを飲んだりと、ただただ“楽しいこと”へ昇華させた。

果たして、ライアン氏はどのようにして地域住民が気負うことなく、みんなで助け合う“利益0円のパブ”を軌道に乗せたのだろうか。Be inspired!は彼に、前代未聞のビジネスモデルならではの課題やこれまでの変遷、そして「成功の秘訣」について話を伺った。

Photo by 撮影者

地域に根付いた「みんなの飲み屋」

「楽しくビールを飲むことで、NPOをサポートできる飲み屋があればいいのに」という彼の思いから生まれた、世界初の利益の全てをNPOに寄付する地元密着型のパブ「オレゴンパブリックハウス」。

彼のアイデアに共感した近隣住民たちが、彼と共に無償で働き、3年がかりで設営。2013年のオープン以来ずっと地元ボランティアの力で運営している。

筆者がオレゴンパブリックハウスを訪ねたのは4月上旬の午前中。ちょうどパブの上階にある非営利イベントハウスで幼児向け音楽イベントが開催されるらしく、近隣の人たちが次々に集まっていた。店内に入ると、ヒゲにチェックシャツといういかにもポートランダーな姿のライアンさんを発見。笑顔で「ちょっと待ってて!」と声を上げる彼は、パワフルでフレンドリーな印象だ。早速オレゴンパブリックハウスについて尋ねてみた。

Photo by 撮影者

コミュニティに溶け込む、みんなの居場所

営業開始から4年が経つオレゴンパブリックハウス。創業当時「新しい地元密着型ビジネスモデルだ!」と世界的に話題になったが、今も変わらず地域に溶け込んだ存在なのだろうか?

もちろん!幸運なことに、この4年間ずっとコミュニティの理解と協力を得て、当初の「みんなで楽しく社会貢献」のミッションを保って運営しているよ。逆に言えば、この考え方をサポートしたいというコミュニティがなければ、成り立たないビジネスモデルだからね。

確かに利益の全てをNPOに寄付するためには、地域コミュニティの理解と協力が不可欠であろう。そんなお店を支えてくれる理想的なコミュニティを求めてライアン氏が選んだのは「ウッドローン」と呼ばれる昔からアフリカン・アメリカンの人口が多い住宅街。地価はそれほど高くなく、レストランがいくつかあり、近隣で働く人も多いという古き良きワーキングクラスのネイバーフッドである。

地元の人々がもたらす「コミュニティの質」こそが、オレゴンパブリックハウスが4年経った今も息を切らすことなく持続している原動力であることは言うまでもない。

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パブの2階には、非営利イベントハウスが存在する。提携先NPOのプレゼンテーションはもちろん、地元の子供から大人までが楽しめるコンサートや映画上映などのイベントもたくさん開催しているという。

僕はここが地元のみんなにオーナーシップのある「みんなの店」だと思っているし、そう感じてもらいたいんだ。単なるビールを飲む場所というだけじゃなくてね。もちろん子供たちも歓迎しているよ。

そう彼が言うように、 近隣住民が頻繁に顔を出すコミュニティのハブとしての役割をオレゴンパブリックハウスは担っているのだ。また、コミュニティのハブになることで、いい出会いにも巡り会えるという。

店に飾ってある6枚のポスターは、ポートランド市街地にあるデザイン学校「パシフィック・ノースウェスト・カレッジ・オブ・アート(PNCA)」の学生とのタイアップで生まれたものだよ。学生たちが提携先NPOをアピールするために無償で作ってくれたんだ。このアートワークは店での展開が終わった後も、それぞれのNPOの資産になるんだ。

Photo by 撮影者

コミュニティのメンバーは、このような出会いや、そこから生まれる「無償の行為」を見守ってきたわけだ。それはきっとこの店を誇りに思う理由になるに違いない。

「変わってしまった地価」と「変わることのないビジョン」

「利益を全てNPOに寄付する」と宣言し、大きなプレッシャーを抱えながらも前代未聞のビジネスモデルを支えるコミュニティ作りに奮闘してきたライアン氏。立ち上げ当初と比べて、お店を取り囲む環境やコミュニティに変化はあったのだろうか?

確かに自分たちが引っ越してきた8年前に比べると、この地域はかなり変わってしまった。特にここ数年、急激に裕福な白人が流入してきて、お店も増えたし、地価や物価も上がった。僕は家族とこのパブのすぐ近所に住んでいて、娘は今、近所の公立小学校の3年生なんだけど、彼女がクラスでたった1人の白人なんだ。でも、同じ学校の幼稚部の生徒は、ほぼ全員が白人なんだよ。4年間でどれだけ変わった(白人が増えた)かを表す見本だと思うんだ。

つまり、この数年でウッドローンには「GENTRIFICATION(ジェントリフィケーション)」が起こったのだ。治安の向上や経済的な発展が見られるため、一概に批判することはできないが、地価が上昇するために、大抵の場合はその地域の住民は貧困地域に追いやられ、これまで以下の環境で生活せざるをえないことになる。ライアン氏は、パブに来る客層の変化をこう語った。

地域住民っていう括りでは同じだけど、地域住民を構成する個人は変わっているかもしれないね。設立時にこのパブの在り方を信じて、設営のために一緒に汗を流したメンバーが、お金がないから来れないっていうのは悲しいよね。「みんなのパブ」なんだから。
でも、この地域の物価や地価が上がることを自分が止めることはできない。できるのは、みんながお店に来れるよう、メニューの価格をギリギリまで抑えることくらい。それにここで4時間働けば、誰でも食事と好きなビールを楽しむことができるんだ。日本人のみんなも大歓迎さ。ポートランドらしい体験ができるよ!(笑)。

しかし、お金のない人も含めた地域の人に来てもらいたいと言う理由で、ビールや食事の値段を下げることは言語道断だ。なぜなら、お店の大前提は「利益をNPOに寄付すること」だから。「NPOの利益」と「地域住民に優しい値段設定」。2つのバランスを取ることがオレゴンパブリックハウスのビジネスモデルの一番難しいところなのかもしれない。

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オリジナルのクラフトビールが完成。

「地元のみんなと楽しく社会貢献する」という明確なビジョンに沿って4年間運営してきたオレゴンパブリックハウスだが、一番の変化は「アルトゥルイズム・ブリューイング(Aletruism Brewing)」というオリジナルのビールを作り、お店で出せるようになったことだ。自ら作る方が仕入れるよりも利益率が高いため、これまで以上の金額をチャリティに寄付できるようになったとライアン氏は誇らしげに語ってくれた。将来的には、同じビジネスモデルで2店舗目の出店も考えているそうだが、気になるのはどこのエリアに作るかだ。

それが場所については一番悩んでいて、前々から協議を重ねているけどまだ結論は出ていないんだ。例えば、ワーキングクラスの多い比較的貧しい地域の方が、ここみたいな住人の集まれるパブを必要としているかもしれない。あと、「コミュニティを育てる」って意義もあるように思う。でも、さっき話したみたいにビールの価格は下げられないし、利益が出ないとNPOに寄付もできない。
富裕層の多い地域にすれば、きっとより多くの寄付金が集まるだろうけど、地元のニーズって意味では、それほどでもないだろう。ベストのバランスを探しているんだ。

「NPOをサポートする」「コミュニティのためにある」。彼のブレないビジョンがこれまでの運営、そしてこの先の成功を支えるのだろう。

Photo by 撮影者

アメリカでは珍しい「自己犠牲の精神」が宿るポートランド

ライアン氏は、提携するNPOのことを世界を変えるために自らを犠牲にして頑張っている「僕のヒーロー」と讃えていた。パブは、NPOとコミュニティをつなぐ場としても機能しているわけだが、彼はこのビジネスを通して、たくさんのNPOの人たちと知り合い、彼らとの共通点を見つけたという。

みんなの共通点は、ビール好きで、他人のために「無償で何かしたい」ってことだよ。なんせ、「NPO」と「ビール」が街の代名詞だと言われるポートランドだからね(笑)。ほら、アメリカ的な理想って、個人で1段ずつ経済的社会的成功の階段を上っていく感じでしょ?でもポートランドの人からは、もっと私欲を超えた「自分だけじゃなくて、みんなで幸せになろう」っていう大きな理想に加担したいっていう感じを受けるんだ。それはこの店を通しても感じることだよ。

確かに、世界を変えようというNPOは尊敬に値するが、彼らを支えるオレゴンパブリックハウスだって、ヒーローたちの集まりだと言えるのではないだろうか。このビジネスモデルの成功の秘訣をズバリ聞いてみると「自己犠牲かな(笑)」とあっさりと深い答えが返ってきた。

関わっている誰もが、私欲を捨てている。パブを立ち上げるまでは、ビジョンしかなかった。「みんなでビール飲んで、その利益で地域のNPOをサポートするパブを作りたい」って話だけで周りの協力を仰いだんだ。でも、このアイデアってすごくシンプルでしょ?だから、僕たちの作業している姿を見るうちに「こいつら本気なんだ!誰も自分の利益について考えていないんだ!ビール飲んで社会貢献、いいかも!」って、地域住民それぞれに、このアイディアが腑に落ちる瞬間があったんと思うんだよ。そして、自分も僕たちの仲間になりたいって思ってくれたんだ。

みんな「フェイクの匂い」には敏感じゃない?でも、ここでは誰も得しようと思っていないし、もしたとえ、自分だけ得したいって人が来てもできないからね。だからこそ、ずっと「地元のみんなで楽しく助け合って、社会貢献」というミッションが守られたまま続いているんだ。

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私欲を捨てたリーダーの明確なビジョンが肝

インタビューを通して見えた成功の秘訣は、誰もが無理なく社会貢献できるシンプルなアイディアに加え、リーダーの「ブレないビジョン」と「自己犠牲」であった。

誰だって、いいことをしたら気持ちがいいし、それが楽しみながらできるのだったらなおさらだ。周りがみんな楽しそうに社会貢献していれば、私もやってみようかな、という気にもなりやすいのはいうまでもない。しかし、このビジネスモデルを軌道に乗せた陰には、リーダーの強い意志と努力が必要不可欠であった。ライアン氏は、自ら「利益の全ては、NPOに捧げる」というミッションを忠実に守り、私欲を捨てて、このパブの舵取りをしているのである。

彼は、苦労を語る時でさえ終始、自分の信じることに取り組んでいることと、それに賛同してくれる仲間がいることの自信と喜びに溢れていた。羨ましいくらい素敵な生き方ではないだろうか。

日本にもオレゴンパブリックハウスのようにNPOと住民と繋ぎ、楽しく社会貢献できる「コミュニティのハブ」を作る人が今後現れることに期待したい。

Ryan Saari

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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