元日本代表の23歳が選んだ、競技性を求めず「独自の世界観で魅了する、プロフリーサーファーという生き方」|OFF THE BOARDS #001

Text: YUUKI HONDA

Photography: Daigo Yagishita “wooddy” unless otherwise stated.

2018.7.16

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スポーツの人気や知名度は、世界大会で出した結果いかんで飛躍的に向上する。先日閉幕したサッカーワールドカップが好例だ。20年前まで辺境のマイナースポーツだったサッカーが、代表選手たちのワールドカップでの活躍もあり、今や国内でも屈指のエンターテインメントに変貌した。

同じように、オリンピックが与える影響は甚だしい。女子サッカー、ソフトボール、フェンシングなど、その恩恵にあずかった競技は多い。来る2020年の東京オリンピックでは、どの競技が世間の注目を集めるだろうか。

本稿でピックアップするのは、東京オリンピックからの新種目、サーフィンをライフワークにしている小林直海(こばやし なおみ)さん(23歳)。今回は同じく新採用競技で、「どこか通ずるものがある」と共感を示すスケボーを片手にインタビューを受けてくれた。

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国内では珍しい若手の“プロフリーサーファー”として活躍する彼に、東京オリンピックに向けた業界の動きと、知られざるプロフリーサーファーという生き方について聞いてきた。

オリンピックへの期待は賛否両論? 2020年に向けたサーフ界の動き

東京オリンピックに向けた日本サーフィン連盟(以下、連盟)の動きはアグレッシブだ。2016年8月にサーフィンが正式種目に決まって以降、“波乗りジャパン”に関する施策を次々に打ち出している。

本番に向けた強化指定選手の選定、強化合宿の実施はもとより、世界的に有名なキャラクターを起用したPR手法など、広報活動にも余念がない。早くも2年後となった大会の開幕に合わせて、矢継ぎ早の決定がなされている。

今後この動きはより活発化していくはずだが、では、現場の声はどうなっているのだろうか。この点について小林さんに問うと、世論でいえば賛否両論というのが現状だという。

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出場を有力視されているかいないかに関わらず、オリンピックの開催自体に反対している僕ら世代のサーファーはあまりいないと思います。どちらかというと、40~50代ぐらいの、今まで国内のシーンを支えてきた方のなかには否定的な人が多いのかな。新しい層が海に大挙してやってくるのを懸念してるって感じでしょうか

また、「日本のサーフポイント*1はオリンピックにふさわしいのか?」という世代間に共通した疑念もあるようだ。

四方を海に囲まれた島国の日本だが、国際的な大会が開かれるオーストラリアなどのサーフポイントに比べると波に乏しく、世界的な大会の開催地になることは稀だ。加えて、自然が相手なだけに、競技が行われる当日にグッドウェーブが起こるという保証もない。

不安が尽きないなかで準備が進んでいる。それが実情だ。

(*1)サーフィンに適した波がくる場所

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しかし小林さんは、「僕は楽しみにしています。国内のシーンが盛り上がると、サーフィンに興味を持つ人が増えるでしょうから」とポジティブだ。

出場を目指しているのかと問うと、「自分が出場することにはあまり興味がなくて。そもそも僕はフリーサーファーなので、ビデオクリップの制作とか、アートワークにも力を入れたいんです」という。

サーフィンとアートワーク。それほど相関性がないように思えるが、そこには、あまり知られていないプロフリーサーファーというチルな生き方の流儀が隠されていた。

独自の世界観で魅了する、プロフリーサーファーという生き方

そもそもプロサーファーとは、JPSA(日本プロサーフィン連盟)が定めるテストに合格し、賞金が出る各種の大会に出場する資格を得たサーファーのことを指す。

プロといっても基本的には個人競技のサーフィンであるため、どこかのチームに所属して“給料”をもらうのではなく、大会で上位入賞して獲得する“賞金”や、スポンサーとの“契約料”が主な収入になる。

そのプロサーファーには2種類があり、一つが大会に出場し賞金獲得を目指す一般的なプロサーファー。もう一つが、スポンサーとの契約料を主な収入源とするプロフリーサーファーである。

プロフリーサーファーはともかくスポンサーを獲得しなければならないため、自身のライフスタイルやサーフスタイルをビデオクリップやスナップショットを通して発信し、影響力=フォロワーを集めなければならない。彼が「アートワークにも力を入れたい」と言った理由がここにある。

サーフィンには舞台となる海を大切にする精神をはじめ、音楽やファッションとの親和性が高く、カルチャーの発信点としての側面も強い。

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そのため、競技性を極めたアスリートとしての存在意義を一般的なプロサーファーが担い、サーフカルチャーの発信=広告塔としての存在意義をプロフリーサーファーが担うという構造になっているのだが、小林さんは自身を日本では稀な存在だといい、その理由をこう話した。

そもそもサーフィン一本で生きていけるサーファーは国内外を含めて稀なんです。日本ではプロの資格を持っていても複業という形をとっている人が大多数。個人でスポンサーと契約していくフリーはもっとシビアです。人を魅了し続けないと飽きられちゃうので。

基本的には世界大会などで活躍していた人が、徐々にフェードアウトしてフリーに転向する、というルートが王道です。そういう人にはそれまでの活躍でファンがついているし、自分のブランドを立ち上げる影響力もある。フリーになってもやっていきやすいんです。だから僕みたいなフリーの若手は、特に日本にはほとんどいません。

日本代表として国際大会に出場した経験もある小林さん。国内で名を上げて、ゆくゆくは世界を舞台に頂点を争う。そんな王道を行く潜在能力があった彼が、なぜ、あえてプロフリーサーファーというよりシビアな道を選んだのか。

その選択の裏には、彼のサーフィンに対する譲れない価値観が隠されていた。

好きなスタイルで勝負する。独自の世界観を突き詰めるという覚悟

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父の影響と実家が海の近くにあるという立地も手伝ってか、小学生の頃からサーフィンにのめり込んだ小林さん。このときはまだ、競技としてのサーフィンに熱中していたという。

分岐点は中学生の頃、とあるサーファーの姿に目を奪われた瞬間にあった。

それがウォーレン・スミスというサーファーでした。彼のサーフスタイルというよりは、その雰囲気やライフスタイルが好きで。なぜか目に止まるかっこよさがあったんです。彼の撮るフィルムのモノクロ写真も好きで、見るたびにグッとくるものがありました。彼の影響は大きいかもしれない

現在は裏方として活躍するその人の影響を受けてから、少しずつプロフリーサーファーの生き方に惹かれていったという。

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もちろん競技としてのサーフィンもおもしろいんですよ。オリンピックも一人のサーファーとしてすごく楽しみです。ただ、個人的には“魅せる”という点に、サーフィンのよさを一番感じるんです。

こういう価値観を持っている人がどれだけいるかわかりませんが、特に僕よりも若い世代に、「こういう道もあるんだよ」って示せたらいいなと思っています。自分のライフスタイルやアートワークが、サーファーとしての魅力になりえるんだよって。

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Photography: Naomi Kobayashi

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Photography: Naomi Kobayashi

あえて道を外れる勇気を持って、若き先駆者が作る“ニューウェーブ”

オリンピックがもたらした特需に沸く業界に身を置きながら、あえて斜めな方向に舵を切り続ける小林さん。

彼のアートワークやサーフスタイルを見せてもらった取材班の、「なんか本当に力が抜けてて、“チル”って言葉がすんなり馴染みますね」という言葉に、「“チルなサーファー”。まさにそうかもしれません」と笑って答えた。

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取材中、終始落ち着いた姿勢で言葉を紡ぐ23歳の若者が、どれほど困難な道を行こうとしているのか。それは、先駆者として新しいシーンを作っていく者にしかわからない。

しかし、そんな困難を感じさせない飄々とした面持ちで、彼はこれからも波と遊び、自らの感性を信じて突き進むのだろう。そこに共感を示す彼のスポンサーの大半を、海外のサーフィン及びスケートボードのカルチャーを支える企業が占めている点はおもしろい。

彼の歩みは、のちに後続が行き交うもう一つの王道になるのか、それとも…。

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そんな期待と憂いを込めて飛ばした最後の質問、「10年後にはどうなっていたいですか?」に対して、小林さんは、こう一言。

最も影響力のあるサーファーになっていたいですね

筆者の心配は全くの杞憂のようだった。彼はもっと先を見据えていた。ニューウェーブは、案外早く到来するかもしれない。

小林直海(こばやし なおみ)

WebsiteInstagram

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Photography: Jun Hirayama

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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