57年前の美しいラブソングに込められた強烈な皮肉。白人主義と音楽で闘った一人の男に今私たちが学ぶこと|kakihatamayuが紐解く、社会派ミュージック・ヒストリー SAM COOKE /Wonderful World #003

Text: KAKIHATA MAYU

Artwork: KAKIHATA MAYU

2017.9.12

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Photo by Misa Kusakabe
Photo by Misa Kusakabe

新宿のディスクユニオンで働き始めた高校3年生の頃、わたしはサム・クックに出会った。当時わたしは60年代〜70年代のロックが好きで、その時代のレコードを専門に扱う店舗にいた。ロックからブラック・ミュージックまでが細かくジャンル分けされたそのフロアでは、スタッフが選んだレコードが流れていた。あるとき、スタッフが何気なく選んだサム・クックのアルバムが、私の胸を騒がせた。ロックだけだった私の音楽観が一変した瞬間だった。今回はそんな私の音楽の視野を広げてくれたサム・クックの色褪せることのない名曲、”Wonderful World”を紹介したい。

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SAM COOKE

 
思わずウットリしてしまう甘い歌声。あまりにも優しく美しいソウルフルな歌声が聴く者を魅了する。スイート・ソウルの元祖ともいうべき人物だ。当時としては珍しく、彼の音楽は黒人だけでなく白人からも支持された。

またサム・クックは黒人の人種差別に対する公民権運動に熱心であったことも彼の楽曲を聴く上で重要な事実だ。”A Change Is Gonna come” はまさにその象徴的な曲。黒人スーパーシンガーとして活躍を続ける最中の1964年12月11日、彼は酒に酔ったまま女性と入ったモーテルでトラブルになり、泥酔した彼に危険を感じたモーテルの管理人が発砲し死亡したとされているがこの事件には謎が多いとされている。

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“Wonderful World”

※動画が見られない方はこちら

以下歌詞抜粋

Don’t know much about history,
don’t know much biology.
Don’t know much about a science book,
don’t know much about the french I took.
But I do know that I love you,
and I know that if you love me, too,
what a wonderful world this would be.

(省略)

I don’t claim to be an ‘A’ student,
but I’m tryin’ to be.
For maybe by being an ‘A’-student, baby,
I can win your love for me.

Don’t know much about history,
don’t know much biology.
Don’t know much about a science book,
don’t know much about the french I took.
But I do know that I love you,
and I know that if you love me, too,
what a wonderful world this would be.

(省略)

【和訳】


歴史のことなんかよく分からない
生物学もよく分からない
科学の本もちんぷんかんぷん
授業を受けているフランス語だってよく分からない
でも、君を愛していることは分かっているよ
もし君も僕を愛してくれていたら
どんなに素敵な世界になるだろう

(省略)

優等生にして欲しいなんて言わない
でも、近付こうと頑張ってるんだ
もし優秀になったら
君の愛を勝ち取ることができる気がして

※同内容

 

一見、どこかあどけなく微笑ましい少年のラブソングのように見える。”〜はよく分からない、〜もよく分からない”といったフレーズが繰り返され、歴史、生物学、地理、数学等の学校で習うような科目の名前の多出も特徴的である。

もし白人がこの曲を歌っていたとしたら、微笑ましいラブソングに過ぎないであろう。この歌詞の解釈は背景にある人種格差によってニュアンスが全く変わってくるように思える。当時、黒人公民権運動家として名を連ねていたキング牧師、マルコムXなど、影響力を持った黒人は抑圧の対象でもあった。”黒人は優秀になってはいけない”、そんな白人主義の理不尽な固定概念が社会に充満していた。ここで優秀な黒人の思想家、公民権運動家の出現による白人主義者の焦りや危機感が感じ取れる。誰かと愛し合う”素敵な世界”では人種格差もはや無意味なものである、この曲にはそういった白人主義思想に対する批判が込められてるように感じた。

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これまでに幾度となく人種差別が繰り返され、その度に人は傷付け傷付き合ってきた。当時は特にアフリカ系黒人移民というマイノリティが白人主義思想によって苦しんできた。そんな中サム・クックは黒人歌手としての成功を成し遂げたのち、自らのレーベルSAR RECORDSを立ち上げ、黒人歌手の活躍を積極的に応援した。そして彼はシンガーソングライターであり黒人公民権運動家という二つの立場から、ヒトが人種や性別関係なく、平等に才能が与えられていることを世間に証明した。様々な人種と共存するには互いを理解し尊重し合うことが必要だ。現代に生きる私達も彼が社会に訴え続けたメッセージを継承していきたいものである。

マイBestサム・クック

初めてこのライブ盤を聴いた時、思わず涙してしまいそうになったのを覚えている。1985年に発掘されたハーレム・スクエアでのlive音源だ。白人相手に歌うことがほとんどだったサム・クックだったが、このハーレム・スクエア公演のオーディエンスはほとんどが黒人であった。普段はしっとり歌い上げることの多い彼が、この公演では徐々に会場が湧き上がっていくと共に歓声に答えるようにエネルギッシュに歌い上げる。会場から伝わる熱気は凄まじく、黒人公民権運動に積極的であったサムだからこそ同じような苦しい思いをしてきた者同士で創り上げたこのステージは格別だったはずだ。当時のアメリカのリアリティが詰まっている。臨場感溢れるB面Bring It On Home To Meは聴く度に鳥肌が立つ。まさにソウルを総括したような歴史的スーパー・ライブ盤だ。こちらから。

KAKIHATA MAYU

InstagramHIGH(er) Magazineディスクユニオン下北沢クラブミュージックショップ

1995年生まれおとめ座のAB型、女子大生。
中学生の頃にアナログレコードに出逢い、高校2年の終わりにディスクユニオンに入社。昨年9月までは60s-70sロックのレコードをメインに扱うディスクユニオン新宿ロックレコードストアに勤務。それ以降、クラブミュージックを専門に扱う下北ユニオンのクラブミュージックショップへ移動。
今年4月まではマガジンハウスでデザイナーアシスタントとして活動。
インディペンデントマガジン、HIGH(er)magazineでは音楽コラムを担当。暇さえあればレコード屋を巡る。最近集めているのは70sSOUL/FUNK/RARE GROOVE/和モノが中心。

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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