“炊き出し”なんて時代遅れ。ホームレスに「タダで食事を提供しない場所」が日本にも必要な理由

Text: Rika Higashi

2017.3.13

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米オレゴンのポートランドには、週5日手作りのヘルシーランチを30年前から変わらない、たった約170円($1.5)で提供しているカフェが存在する。

その名も「シスターズ・オブ・ザ・ロード」。同名のNPOも運営する彼らのユニークなところは、現金やフードスタンプでの支払いはもちろん、労働の対価としての支払いも受け付けていることだ。

Be inspired!は、そんな風変わりのカフェとNPOを運営するシスターズ・オブ・ザ・ロードのコミュニティ・エンゲージメント・マネージャーのShannon Cogan(シャノン・コガン)さんに、日本にも必要な「多くの人の心を満たせるコミュニティの作り方」を教えてもらった。

ストリートのニーズを聞いて、誕生したカフェ

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Photo via Sisiters Of The Road

シスターズ・オブ・ザ・ロードが誕生したのは、1979年11月7日のこと。かれこれ37年以上も前だ。創業者のふたりの女性は、共にポートランド州立大学(PSU)で学び、それぞれ市内でソーシャルワーカーとして働いていたSandy Gooch(サンディ・グーチ)さん とGenevieve Nelson(ジェニー・ネルソン)さん。 仕事を通じて出会ったふたりは、ポートランドのオールドタウン・チャイナタウン地区で家賃として$10と労働力の提供を条件に場所を借り、シスターズ・オブ・ザ・ロードのカフェをオープンする。

「シスターズ・オブ・ザ・ロード」とは、新しい姿へと変化していく途中の時期の女性を指す言葉。このカフェは①誰にとっても、特にホームレスの女性や子どもにとって、安全な公共の場であること、②温かく、滋養のある食事を安価で、もしくは労働の対価として提供すること、③地元住民に職業訓練や経験を提供すること、を目的に設立された。35年以上経った今も変わらないこの方針は、彼女たちが、実際に大勢のホームレスにインタビューし、彼らのニーズに応えるべく定めたものだ。

特徴的なのが、食事が無料ではない点だ。サンディさんとジェニーさんが話を聞いてみると、ホームレスたちは単に食事を求めてはいるのではなく、働く場、貢献できる場、そして役に立つ人として扱われることを何よりも望んでいたそうだ。タダで配給してもらうことはもちろんありがたいが、長時間、寒いなか立って待たされたり、食事に困るほど貧しいことや何らかの依存症があることを証明するために質問攻めにされたりする毎日は惨めだ。お腹は膨れるが、人とのつながりも生まれないし、気持ちは満たされないまま。

そこで彼女たちは、誰でも無条件にシスターズ・オブ・ザ・ロードのコミュニティを盛り上げていく仲間として歓迎し、お金以外にも労働を対価として、ゆっくりとおいしい食事ができる場を提供することにしたのだ。

「トリプルエックス」がシンボル。シスターズ・オブ・ザ・ロード・カフェの仕組み

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Photo by Rika Higashi

シスターズ・オブ・ザ・ロードのカフェは、人種、宗教、性別などはもちろん、アル中、ヤク中…誰でも無条件で受け入れる。メニューには、値段が付いていて、お金かアメリカ政府が発行するフードスタンプ、もしくはこの場で働いて得るスタンプで支払う。仕事は、調理、掃除、配膳、皿洗い、レジ、フロントデスクなど。15分で、$1.5。25セントスタンプが6つだ。1食が$1.25で、ドリンクが$0.25だから、15分働けば、1食分。30分働けば、友人にご馳走したりもできる。

シスターズ・オブ・ザ・ロードがオープンすると、近隣の生活困窮者から歓迎され、すぐに大勢が利用するようになった。そしてある日、ストリートのニーズに合うことを証明するかのように、ホームレスのサブカルチャーともいえる、働きながら渡り歩く「ホーボー(渡り鳥労働者)」が仲間に残すサインで「良い食事とホスピタリティ」を意味する丸に入ったトリプルエックスが、店の前の歩道に描かれていた。これは現在もロゴとして使用されている。

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Photo by Rika Higashi

シスターズ・オブ・ザ・ロードは過去37年間、ほぼ同じ仕組みで運営してきた。自分たちの信じる方法を曲げないために、政府の援助は受けず、地元企業や個人に草の根的に支えられてきた。

唯一変わったことといえば、タイムスロット予約制になったことくらいだ。これは、2009年に導入されたのだが、それまでは先着順に食事をする仕組みだったため、いつも店の前には長い列ができていた。毎日500人ほどが列を成し、その待ち時間には、お酒やドラッグを摂取する人もいたり、口論が起きたりもした。それを近隣の人々が迷惑に思うようになっていたのだ。市は解決しなければ営業を禁止させるという警告を出した。

そこで1月ほど店を閉めて協議を重ね、食事時間を予約できるタイムスロット形式を取り入れたのだ。そのため現在は、予約した時間に来れば、ほとんど待つこともなくスムーズに食事ができる。1日に出る食事は250食ほどにまで減ったが、客のストレスも軽減され、店内のムードも良くなったという。「量より質」を重んじた結果だ。

ランチ時のシスターズ・オブ・ザ・ロードを体験

現在も、昔と変わらずオールドタウン・チャイナタウン地区で営業しているシスターズ・オブ・ザ・ロード。コミュニティ・エンゲージメント・マネージャーのシャノン・コガン(Shannon Cogan)さんと共に、筆者は3月初旬の正午頃にカフェを訪れた。

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Photo by Rika Higashi

店の前の歩道ではホームレスらしき数名が立ち話をしていて、初めて訪問する筆者は多少威圧感を感じたが、シャノンさんは彼らに明るく声をかけている。店内では今回特別にタイムスロットの受付を飛ばして、オーダーカウンターへと向かった。

カウンターには、本日のメニュー、ドリンクメニュー、サイドメニューとそれぞれの値段が書かれたホワイトボードがある。私たちは、この日の日替わり定食「ココナッツ・バターナッツ・スクアッシュスープとチェダービスケットとサラダ」とホットティーを注文。これで$1.5。しかも初回は無料だ。私たちのあとにはホームレス風の男女が並んでいたが、一般的なカフェのようにホームレスだからといってチラチラ見られたりすることもなく、キャッシャーとにこやかに話している。

私たちは、番号札を手にテーブルへと向かった。フードスタンプなどが支給されたばかりの月初は空いているというが、この日もスムーズに席を見つけて座ることができた。すでに食事をしている人たちのなかにもシャノンさんの知り合いは多いようで、個性的な面々からいくつも声がかかる。

しばらくするとウエイターが食事を運んできた。食事は配給のような使い捨てのプラスチック皿や紙皿ではなく、白い陶器のお皿に盛り付けられており、食欲をそそる。また、紅茶の方も好きなフレーバーが選べるように複数のティーバッグが準備され運ばれてくる。共に熱々なのも、肌寒い日には特に嬉しい。

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Photo by Rika Higashi

スープやサラダ、添えられた玄米はもちろんビスケットに至るまで、当日の朝7時から3時間ほどかけて、スタッフとボランティア、スタンプを得るために労働を希望した人たちによりすべて店内で手作りされているという。ビタミン豊富なスープやサクサクのビスケットは、優しい味で美味しく、サラダも新鮮だ。

シャノンさんは「ストリートで暮らす人こそ、体にいい食事を最も必要としているの。彼らにとって、体を壊さないでいることは、生死にかかわる問題。長い目で見れば、ヘルシーな食事が、ホームレス問題や生活保護の問題解決にも貢献するはず」だという。

この日の日替わりメニューは 野菜がメインだったが、肉がメインの場合は、ベジタリアンバージョンも提供するようにしている。また、常にライス&ビーンズ&コーンブレッドというメニューも用意し、食事制限のある人にも配慮。そして何より選択肢があること自体が、利用客に喜ばれているのだとか。

「スターウォーズに出てくる酒場のような場所」

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Photo by Migyoung Won/Sisters Of The Road

「スターウォーズに出てくる酒場、知ってる?そこには、銀河のあちこちからいろんな種族がやってくるの。みんな見た目もすごく違うし、経歴も背負っているものも違うんだけど、その酒場では、誰からも詮索されない。情報交換できるハブとしても機能しているんだけど、ここもそんな感じだと思うの」とシャノンさんは笑う。

とはいえ、多大なストレスを抱えていたり、アルコールや薬物を取っている人もいるから、たまに口論が激化して、暴力沙汰になることもあるらしい。「怖くない?」と聞くと、「私は、白人の若い女性ということもあって、暴力のターゲットにはなりにくい」と冷静に分析。「それに、もし喧嘩が始まったりしたら、スタッフやカフェの常連が止めてくれる。みんな、この場所の非暴力ポリシーは知っているし、運営に関わっているというオーナーシップと、プライドを持っているの」

暴力沙汰を起こした人は、ひとまずカフェからは追い出されるが、翌日穏やかに戻ってくれば、また歓迎される。シスターズ・オブ・ザ・ロードのコミュニティには、「ホームレス生活は大変で、たまには爆発してしまうこともある」という理解と、度量の深さがあるのかもしれない。

だからこそ、シスターズ・オブ・ザ・ロードは居心地が良いと感じ、1つのコミュニティとして長年に渡り機能しているのだろう。この場所で婚約したり、結婚した人たちもいるという。また、ホームレス生活から脱出し、遠くで暮らすことになった人が、みんなの顔を見にコーヒーだけ飲みに来ることもあるという。

この日の帰り際、赤ちゃんを抱いた女性がカフェにやってきて、シャノンさんを始めとするみんなに囲まれていた。ヨーロッパ系、アフリカ系、ラテン系、アジア系、男性、女性、トランスジェンダー、老人、子供…見た目も経歴も多種多様だが、この場に集うきっと誰もが、無垢な赤ちゃんの笑顔には、ついつい目を細めてしまうだろう。親も誇らしいに違いない。

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Photo by Migyoung Won/Sisters Of The Road

シャノンさんは、「シスターズ・オブ・ザ・ロードは、カフェであること(what)が大事なわけじゃない。コミュニティのハブとして機能する場所であることが、何よりも重要なの。だから、もし日本とかこの場所以外でシスターズ・オブ・ザ・ロードを作るとしたら、違う形態になるかもしれない。ポートランドの別の地区でさえそうよ。まず、そのストリートのニーズを理解して、柔軟に対応していくこと(how)が大事なんじゃないかな」と話してくれた。

どん底のホームレス暮らしが終点ではなく、辛い通過点だと信じ、新しい一歩を踏み出すためには何が本当に必要なのだろうか?日本でもステレオタイプを捨て、真剣にストリートの声を聞けば、求められ、機能するコミュニティの形が見えてくるに違いない。シスターズ・オブ・ザ・ロードのように、人々が対等に交流し、心を満たす場所をきっと作れるはずだ。

Sisters Of The Road(シスターズ・オブ・ザ・ロード)

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Photo by Migyoung Won/Sisters Of The Road

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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